【 雨音色の夏 1 】
共同墓地の長い階段を上り駐車場にもどると、正行「吉田正行」はまず車の窓を全開にしてからタバコを1本取り出した。「あの日も暑い一日だったな……」ふとそんなことを思い出しながら、タバコに火をつけた。
『杜の都・仙台』の夏は、この時期が一番暑くなることが多い。七月がもうすぐ終わろうとしている二十六日、正行はこの月二度目の休日を取った。明日が会社の同僚の命日なので、柄にもなく墓参りにきていたのだ。場所が場所だけに、白のポロシャツにチノパンという、ラフだが落ち着いた格好にしていた。
仙台市は伊達家の城下町で、中心部の西側に伊達政宗の居城として有名な『仙台城址』がある。ここを仙台市民が親しみをこめて『青葉城址』と、呼んでいるのは、青葉山丘陵地帯にあるからだ。その青葉山を西道路のトンネルで抜けると、まもなく東北自動車道の仙台宮城インターチェンジにつながる。
市民霊園はそこに隣接した高台にあり、蔵王連峰を含む奥羽山脈が一望できた。
「さてと、そろそろ圭子を迎えに行くか」トランクに灰皿を片付け、正行は車のドアを開ける。西日とはいえ、真夏の直射日光をまともに浴び続けたハンドルは、触れた瞬間に手のひらが火傷しそうなほど熱くなっていた。
「アチッ! こりゃ参ったな。ここにフライパンを置いたら、目玉焼きができるぜ」ブツブツと独り言をいいながら、全開の窓はそのままで正行は車を走らせた。
圭子「只野圭子」は老人介護施設の看護師で、中学生の娘と二人で市内のアパートに暮らしている。
シングルマザーで、正行とは体の関係だけでつながっている「セフレ(セックス・フレンド)」だった。ひと月に一度か二度しか休みを取らない正行に合わせるように、圭子は自分の休みを調整して、正行と逢うための時間を作っていた。だがどうしても調整できないこともあり、今日はそんな日だった。
「無理することはない。明日が地球最後の日というわけじゃないんだ、また次の休みに逢おう」昨夜のそんな正行のLINEに圭子は納得せず、「やっぱり逢いたい、明日夕方から時間作るから」と、LINEを送ってきたのだった。
「ごめんなさい、具合の悪いお爺さんがいて、一時間位遅れそうなの」というLINEが圭子からきたのは、正行が待ち合わせのコンビニに着いた時だった。
「気にするな。コーヒーでも飲みながらのんびり待ってるよ」と返信してから、正行は車を降りた。
「片岡さんがタバコを欲しがったのは、いつだったろう……」
圭子と待ち合わせたコンビニの駐車場でアイスコーヒーを飲みながら、正行は思い出の中を探ってみた。
会社の同僚で、正行より十歳以上年上の片岡は、去年肺ガンで亡くなった。今日正行が墓参りに来たのは、その片岡の墓だった。
そんなことを考えていると、暑いからだろうゆったり感のある薄い青色のブラウスに、白のパンツスタイルという爽やかなコーデで圭子はやってきた。明るいブラウンに染めたセミロングの髪をポニーテールのようにしたアップヘアが、涼しげでとても似合っている。
「ごめんなさい、待ちくたびれたでしょ」
「気にするな、オレはお前に逢えればそれでいい」
思ったよりも早くやってきた圭子を乗せ、赤く染まり始めた夕陽を背に正行は車を発進させた。待ち合わせたコンビニが圭子の職場の近くなので、長居はしたくなかったのだ。
エアコンの風に揺れるふわふわとした後れ毛が、圭子の横顔を色っぽくしていた。
ー つづく ー
Facebook公開日 8/19 2020

