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『夜のトンネルに響く汽笛-1』

 昨日のエッセイを読んでくださった皆様、ありがとうございます。 あの駅に流れる空気を感じながら、ひとつの物語を綴りました。

――舞台は冬の松丘駅。 家族との何気ない会話、冷たい空気。 どこにでもあるはずの日常の風景が、ページをめくるごとに特別な物語へと変わっていきます。

【全3回連載:第1回】



ー 第一章 ー

 弱々しい冬の日差しの午後、かおるは父に送られて松丘駅まつおかえきについた。
「ありがとう、お父さん」
「迎えは6時ころでいいのか?」
「うん、友達と会うからゆっくりでいいよ」
「わかった、早くなるときは電話しなさい」
「うん、わかった。ありがとう」
「じゃ、薫ちゃん後でね。楽しんできてね」
海花みか、おじいちゃんに迷惑かけちゃダメよ」
「わかってるわ、じゃぁ~ ね~」

 父が帰ると、薫はカメラを肩に掛け、駅とその周辺の散策を始めた。
 しばらく一人でウロウロしながらシャッターを押していると、薫を見つけた博之ひろゆきが、ゆっくり歩いてきた。
「お疲れさん、高速で来たのか?」
「しばらくね、ヒロ。R346よ。高速できたからかな〜 R346は空いてるの」
「今はみんな、高速走るらしいよ。まだ無料開放だからな」

「そうみたいだね。でも、私は高速が嫌なの。だから、R346でいいの」
「オレのせいか?」
「別にそういうことじゃないわ」

 薫と博之はなにも無くなった駅の跡地を見ていた。
「駅、なにも無くなっちゃったんだね」
「あぁ…… 残念だけど、しかたねぇな」

「みんな好きだったよね、この駅前。この町に駅があるってだけで、なんだか他の町より『格上』な気がしてたんだよね。誇らしかったっていうかさ、懐かしいわ」

「そうだな、駅があるのが当たり前で、それがこの町の顔だったもんな。他の近隣の町とは、ちょっと空気が違う感じがしてたよ」

 懐かしさに浸っているように、また二人は黙り込んだ。
「あれから8年が過ぎたのね……」
「そうだな、もう8年が過ぎたんだな」

 そう博之と話しながら、薫は8年前、2018年・1月のあの日を思い出していた。
「あの夜は、雅文まさふみ辰也たつや、それから燿子ようこちゃんと一緒だった。不思議な夜だったな…… そして……」

「辰っちゃん、お前飲みすぎだぞ」
「雅文こそ、燿子が一緒だからって格好つけんなよ」
「もう、止めてよ二人とも。せっかく薫さんがきてくれてるのよ、楽しく飲もうよ」
「燿子ちゃん、いいよ、私は大丈夫だから」
「格好いいぞ! 薫さ~ん、握手しよう」
「あなた、いいかげんにして!」
「おい、雅文だけずるいぞ! オレとも握手」
「はい、辰也、握手」
「もう、お兄ちゃんまで」

「燿子ちゃんの手、可愛いね。温かい」
「薫さんの手、すべすべで気持ちいい!」

「みんな昔のままだね、仲良くて最高だよ、あんたら」
「あったぼうよ、な、辰っちゃん」
「まぁ、飲んで。って、あれ辰也、ぜんぜん飲んでない……」

「そうだ薫、駅の先にトンネルあったろう、覚えてるか」
「そうだ、あった、な、雅文」
「覚えてるよ、汽車に追いかけられたトンネルだろう」
「え! 汽車に追いかけられたって、なんのこと?」
「燿子ちゃん、知らなかったの? 二人から聞いてないんだ」
「なに? 聞いてない!」

「小学生の時、みんなで入ったんだよ。そして、列車が来て走って逃げた」
「薫だろう、『海に行く近道だ!』って言ったの」
「違うよ、辰也じゃないの?」
「違うって、オレじゃない、そうだ、こいつだ! 雅文だ」
「あはは、だって、近いからさ」
「コイツめ! 死にかけたんだぞ、みんな」
「ヤメロ、痛い、もう時効だ」

「時効は廃止だ、殺してやる!」
「わかった、悪かった、謝るからヤメて、助けて燿子」
「あんたは、もう一回死ね」
「あはは、妹の許可は出た。死ね!」
「オレが悪かった。助けて~ 薫」

「あはは、みんな陽気でいいな~」
「そうだね、なんだかんだ言っても、楽しんでる。最高の仲間だよ」
「燿子ちゃんはどうなの? 列車の思い出とかあるの? って、あれ、燿子ちゃんのお酒は?」

「え! あ、そうだ、薫さん、写真撮れました」
「あ、うん、ありがとう。燿子ちゃんから連絡もらって、助かったよ」
「でしょ、取り壊されるの、時間の問題かな〜 って感じになってるから」
「ほんと、ありがとう。わたし、この駅大好きなんだよね。だから写真撮れただけでも、もううれしくて」
「よかった」
「ほら、お礼に一杯! って、あれ? だから燿子ちゃんのお酒」

「え! そうだ、『列車の思い出』でしたよね。あるよ、たくさん。だって、高校三年間通学したんだもの」
「あ、三陸高校だったっけ?」
「そうだよ、毎日眠い目をこすって一番列車。でも、晴れてると、朝日がきれいなんだ! 一発で目が覚める」
「そいつはすごいな! 見てみたかったな~」
「もう見れないよ、あの水平線から昇る朝日を見てないって、人生の半分は損したね」
「いや、八割損した気分だよ。燿子ちゃんの話聞いたら」

「おい、薫、人の女房とばっか、話すんな」
「まただ、コラ! あなたは飲み過ぎ。明日、弁当作ってやんないぞ!」
「あぁ~ 燿子様、何卒お許しを~」
「あはは、バカ雅文、また燿子に怒られた」
「あはは、ヤメロよ、辰也。って、ちょっとトイレ行く」
 そう言うと薫は立ち上がり、フラフラとトイレにむかった。

「ふう、酔ったな。こんなに吐いたの久しぶり」
 薫はトイレの個室から出ると、手洗いで口をすすぐ。口の中から吐しゃ物の残りが洗面台に流れた。頭を上げると自分の顔が鏡に写る。その顔からは、まったく生気が感じられない。
「なんだろ、生気が吸い取られたみたい。まるで死人よ、これじゃ」そんなことを考えながら、トイレのドアを開けた。

 頬に当たる風が、生ぬるい居酒屋の空気から、一瞬にして刺すような夜の潮風に変わった。
「え!」次の瞬間、薫は我が目を疑った。

「なんで! どこなの、ここ?」
 薫の目に飛び込んだ風景は、トンネルの出口だった。
 まだ酔っていると思った薫は、ブルブルと頭を振って、もう一度、目に映る風景を確かめた。
「どういうことよ、これ。誰のイタズラ!」
 誰にということでもなく、でも、誰かに向かって薫は毒づいた。薫の目に見えている風景は、間違いなくトンネルの出口なのだ。

「ちぇ、こりゃまだ酔っ払って夢の中って?」そう言いながら振り返る薫。
 その目が見たのは、どういうわけか、トンネルの入口だった。墨で塗られたような漆黒の闇が口を開けて、入ってくる人間を待っているようだった。

 そのトンネルから強い風が吹き出し、薫は思わず目を閉じる。
「こっちよ」
「誰!」
「早く来て、お願い」
「誰よ、あなた」
「・・・・」
「ねぇ、なんとか言って!」
「・・・・」
「いったい、なにがどうなってるの?」そう言いながら、薫は声のした方に向かって歩き出した。

 薫が歩いているところは、線路の跡地がアスファルト舗装された、バスの専用道路だ。つまり、震災前まで走っていた列車の代わりに、今はBRT(バス・ラピッド・トランジット)と呼ばれるバスが動いているのだ。

「おーい、誰かいるの?」
 そう言いながら、薫は海に向かって歩いた。
「おーい、誰もいないの?」
 そう言って、今度は思わず吹き出した。
「これで、『いないよ!』 って声がしたら、逃げ出すね」
 そんなことを考えながら、薫は夜道を歩いていく。波の音がしてくる、浜は近い。

「こっちよ」また声が聞こえた、女性の声だ。
「間違いない、私を呼んでいる」薫は確信した。

 急な下り坂を慎重に下りる。波の音が大きくなる。ザブン・ザザザー・ザブン・ザザザーと、波が小さな石を転がして遊んでいる。懐かしい音だった。薫はいつも、この音を聞きにここに来ていた。

 登澤港とざわこう。ここは小さな漁船が十数艇も留まればいっぱいになる、小さな漁港だ。

 視界の先に、人影を薫は見た。
「女?」、確かめようと目を細めて凝視する。雲の合間から上弦の月が姿を表し、浜を照らした。そこには間違いなく女性がいた。肩まで伸びた髪を風になびかせて、堤防に腰掛けている。

「こんばんは、私を呼んだのはあなた?」
「なに、その他人行儀な挨拶! 失礼じゃない、薫」
「え! 他人行儀って、どういうこと。なぜ、私の名前を知ってるの!」
「忘れたの? 私よ、薫。私はあなたを忘れたことなかったのに」
 さみしげにそう言うと、女性は顔を上げた。

「忘れたの、って言われても…… って、え! もしかして、由美ゆみ?」
 月に照らされたその顔には、確かに面影が残っていた。

「由美でしょ、由美よ。忘れるわけ無いじゃない、由美だ。懐かしい~」
「ふん、今、やっと思い出したくせに、懐かしい~ とか、よく言うよ」
「悪かったわ。だって十数年ぶりよ、思い出しただけでも褒めてよ」
「ま、褒めてあげるよ」
「なにしてんの、こんなとこで」
「なにって、待ってたのよ」
「だれを?」
「そんなの決まってるでしょ、言わせる気なの」
「まぁ、そうか」
「そうよ」

 薫は由美の隣に座った。

ー続くー



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