【道行き3-2】
【第三章 『写真』-2】
「いいわ。よく考えたら、私が車のところにいたからあなたが走ってきたんだもの、私にも責任の一旦はあるわ」
茉由が自分の非を認めるようにいった。
しかし八雲も「でも、私の手に貼ったものですから」といって、引き下がらない。
「あぁ、もう精算したからいいです、って」
そう言うと、茉由は缶コーヒーのタブを開けて一気に飲み始める。八雲は何か別の生き物でも見るような目でそれを見つめた。
「飲まないの?」
「え?」
「コーヒー冷めるわよ」
「あ、そうでした。いただきます」八雲は思い出したように、缶コーヒーのタブを開けた。
絆創膏の残りと車のカギを八雲に渡しながら茉由が聞く。
「これからどこに行くの? それにあの大きいバッグは何?」
「これから奥新川駅に行くんです。バッグの中はカメラと機材です。私、カメラマン」
「え、八雲さんって、カメラマンなの?」
「そうなんです、今度あなたを撮らせてください。下月さんはとってもキレイだしスタイルもいい! ヌード写真集が出せそうです」
八雲は両手の親指と人差し指で四角形を作り、その中に茉由を入れて見つめた。
「な! 何を言ってるの」みるみる茉由の顔が赤くなる。
「これは形勢逆転ですね」と八雲は言った。
「さてと」かけ声のように呟いて、八雲はゆっくり立ち上がる。
「お世話になりました、そろそろ行きます。コーヒーご馳走さまでした」
「ちょっと待って、遠いのそこ?」扉のノブに手をかけた八雲を、茉由が引き止めた。
「そうですね…… 一時間と、ちょっとくらいかなぁ」少し考えて、八雲が答えた。
「私…… ねぇ、私も連れてって」ちょっと迷ってから、茉由は言う。
「いいですよ。でも、何もないところですよ」
「小回りがきいていいね。小さい車は楽だな」
駅前から中心部へと、八雲の運転する車は流れに逆らわずに走る。やがて西道路のトンネルを抜けた車は、そのまま西に進んだ。
「なぜついてきたんだろう?」助手席で茉由はそんなことを考えていた。
「ねぇ八雲さん、聞いていい?」
「あ、昌夫でいいですよ。隆夫君もそう呼んでますから。で、なんですか?」
「じゃ、私も茉由と呼んでください。それで昌夫さんは、隆夫と、どういう関係なの?」
朝から気になっていたことを、茉由は八雲に聞いてみた。なぜか、茉由の口調は「タメ語」だったが、八雲にそのことを気にする様子はなかった。
「隆夫君とはね……」ちょっと言いにくそうに八雲は言葉を止めると、「隆夫君はどう言ってたの?」と、茉由に質問を返す。
「昔、世話になった人、歳の離れた兄貴って言ってたわ」
「なるほど、大した世話はしてないんだけどね。それから?」
「質問してるのは、こっちなんだけど」と思いながら、茉由が答えた。
「あとは何も、だからもう少し詳しく知りたいなって思って……」
「そうか……」それだけ言うと、八雲は何かを考えていた。
「私の口からは、それ以外はちょっとね。機会があったら隆夫君に聞いてみて」
「隆夫が話しにくそうだから、聞いてるのに……」
すねたように答える茉由の横顔を見て、クスクスと笑いながら八雲は言った。
「隆夫君が『言いにくい』ということは、キミに『今は話したくない』もしくは『知られたくない』ということじゃないかな。それを私がキミに話すと思う?」
「それは…… 思わないけど」八雲の問いに、少し時間を置いて茉由は答える。
「大丈夫、そのうち話してくれるよ。プロポーズの夜とかにね」
「プロポーズ?」と八雲に聞き返してから、茉由の頬が急に赤くなった。
「プロポーズって、隆夫が私に!」
照れを隠すポーズなのだろう、茉由はことさら大きな声でそれを否定してくる。
「ないない! だって同級生なんですよ、私たち。幼なじみで、今でもなんでも話せる飲み友だち、異性の親友って感じなのに」
「男女間に友情は存在しない。というのが、私の持論でね」
八雲はキッパリと茉由の考えを否定した。
「そんなことないです。私と隆夫は親友、固い友情でつながってます」そう言い切る茉由に、八雲は言う。
「持論だからね、キミが否定するのは勝手さ。この話をすると、たいていの人は否定する。でも、その本心は……」
「本心はそうじゃないの?」
茉由の問いに、少しの沈黙の後で、八雲は話し出した。
「例えば、男が女を『ただの友だち』と言うときは、はっきり言って『性の対象にならない』ということだ。仲がよくてもそこまで、友情関係など築く必要はないってことだ」
「ずいぶんはっきり言うのね」さっきまでとは全く違う八雲の話し方に、茉由は驚いて言った。
「女性の本心はよくわからない。でも、男が女に友情関係を求める時、それは『相手とより親しい関係を築きたい』ということであり、相手を『性の対象』として見ているということだ。つまり本心は『恋人になりたい』と思っている」
「そんな、だって隆夫はそんなこと一言もいわないし、私だって、そんなつもりで……」
「それはそうだろう、キミに今は嫌われたくないもの。それに言わなければ、自分が傷つかずに済むし、親友としてこれからもキミの傍にいることができるしね。それから……」
「まだあるの?」茉由はもううんざりだ、という顔をしていた。
「ある、言わないメリットはまだある。だからみんな、親友という隠れ蓑に入ろうとするのさ」
「でも、本当に友情だけってこともあるでしょう?」尚も、茉由は食い下がった。
「あるかもしれない。でも、私が聞いた中では一人もいなかった」
「『親友って言ってた男性はいなかった』ってこと?」
「反対だよ、最初はみんな親友って言ってた。でも突っ込んで話すと、違うってことに誰もが気づく。ただ『いい人を演じてただけ』ってことにね」
「『いい人を演じる』って、なんでそんなことをするわけ?」
「簡単なことさ、いい人も親友と同じ。そう演じていれば自分は傷つかないし、嫌われることもない。そして最大のメリットは、『いつもそばに居れる』ってことさ。つまり『親友だ、友情だ』と言ってるヤツは、この事実に気づいてないか、気づいてないふりをしているかの、どっちかだってことさ」
「その言い方、なんだかムカつくわ。一方的に決めつけてるだけじゃないの」
「そうかも知れない」
「みんなが昌夫さんと、同じ考えじゃないでしょ」
「ま、だから持論と言っている」
「持論って言って、自分の考えを押し付けているように聞こえるわ」
「どう受け取ってもいいよ。でもね、そういうことをしている連中は、それのデメリットに気づいていないんだ」
「デメリットって?」
「そう、いい人は…… つまり親友は、恋人になれない! 勇気を振り絞って、傷つく覚悟を持って『付き合って欲しい! 恋人になってくれ!』と、告白したヤツだけにしか、恋人になる資格はないのさ」
「たしかに、そうかもしれない……」と、茉由は思った。
「ねぇ、昌夫さん」
「なに?」
「もしかして、昌夫さんも……」
「あぁ…… そうだったよ。高校の時、私が一番好きだった女の子に告白したのは、私の親友だった」
「そうだったんだ」
八雲は沈黙し、茉由もなにも言わなかった。
仙台市を流れる川で、全国的に名前が知れ渡っているのは、たぶん広瀬川だろう。その広瀬川沿いを並走するように、仙台と山形を結ぶ鉄路、JR仙山線が走っている。
八雲が運転する車は、そのJR仙山線を縫うように、橋で越えたり、下を潜ったりしながら、並走する国道48号線を西に向かって走り続けた。
ーー続くーー

