神戸市立博物館《夜のカフェテラス》大ゴッホ展 ゴッホの生きづらさに涙した日
初期のゴッホに、じっと心をつかまれる
神戸市立博物館で開催されていた「大ゴッホ展」。
そろそろ会期も終盤ですね。私が足を運んだのは11月半ばの日曜日でした。予想通り、会場は大混雑でした。
もちろん《夜のカフェテラス》は素晴らしいのですが、
私が楽しみにしていたのは、オランダ時代の作品でした。
《ジャガイモを食べる人々》をはじめ、畑で働く農民や機織り職工、農民たちの肖像画。ミレーの影響を受けたと言われるけど、重くて、静かで、生活のにおいがする絵たちです。
中でも心に残ったのが《白い帽子をかぶった女の頭部》
「ジャガイモを食べる人々」の中にこの女性もいます。
何度も展示の中に登場する彼女。そのたびに、立ち止まって’みーつけた!っと見入ってしまいました。
一緒に暮らしていた娼婦とその連れ子の絵もありました。

クレラー=ミュラー美術館所蔵の初期作品を順に見ていくと、
「画家としての基礎を、必死に積み上げていた時代」が伝わってきます。
映画と小説が重なってくる
ゴッホといえば、昔観た
「炎の人ゴッホ」(カーク・ダグラス主演)の印象が強くて、
正直、暗くて、やりきれなくて、あと味の悪い映画だった記憶があります。
画商、炭鉱町で聖職者の仕事、画家への道と破門、従姉妹への恋慕と失恋、娼婦との生活と破綻 そして 弟テオの献身などなど。
どこへ行っても、何をやっても人とうまくいかず、理解もされず、自暴自棄になっていくゴッホ。
パリでの印象派の画家たちやゴーギャンとの出会い——
展示を見ながら、ふと映画の一場面がよみがえったのです。

「たゆたえども沈まず」
でも、ゴッホへの印象が大きく変わったのは、
原田マハさんの小説
「たゆたえども沈まず」 を読んでから。
小説はフィクションを含んでいますが、ゴッホの人生を知る入り口として十分すぎるほど。
もともとマハさんの小説はかなり好きで、色んな芸術家の人生を知れてその作品に興味が湧きます。いつも彼女の本が美術の入り口に手繰り寄せてくれました。
色が変わる、人生も変わる
誰にも理解されず、失望を重ねる日々。
浮世絵と出会い、パリで印象派の画家たちと交流する中で、
少しずつ色彩が明るくなっていく。
働く人々の絵から、花や風景へ。パリでの新しい刺激がゴッホを変えた。
わずか10年ほどで、ここまで画風が変わるのかと驚くばかり。


これ好き!レストランで誰かを待っていたのかな(そうであってほしい)ゴッホの幸福な時を特に感じてしまう作品です❤️



展示ではパリ時代の作品から、アルル時代まで、色彩の変遷が見て取れ「ゴッホの色」を、目で追える贅沢な構成と思いました。
モネ、ルノワール、ピサロなど、同時代の画家たちの作品も随所に展示されていて、後半はまるで印象派展のよう。

それでも、売れない絵
それでも絵は売れず、ゴッホはアルルへ向かう。
マハさんの小説にも出てくるけど、
影のない浮世絵を見て「日本は光にあふれた国だ」
と憧れを募らせてアルルに向かったのだとか。
アルルで出会う強烈な光。
鮮烈な色彩と大胆な筆致。
鮮やかな黄色と青の夜の風景の色が、まるで違って見えてきます。

私の好きな《糸杉のある風景》は今回は見られませんでしたが、
「糸杉はお墓のそばに植えられる木」という話を思い出して、
ずっと生きづらさを抱えて生きてきた彼の人生を思い、
不意に涙が出てしまいました。
夜のカフェテラス目あてで大混雑
それにしてもお目当ては、やっぱり《夜のカフェテラス》なんですね。
行列に並び移動しながらの鑑賞
それでもあの一枚を前にすると、「来てよかったなあ」と思わずため息が出ます。
音声ガイドが、とてもよかった
今回、特に良かったのが音声ガイド(綾瀬はるかさん)。
弟テオ他との手紙のやり取りを交えた解説が、本当に丁寧でした。
ゴッホからテオへ送られた手紙は600通以上残っているそうです。
原田マハさんも
「ゴッホの手紙は文章がしっかりしていて、とても賢い人だったことがわかる」
と書いていますが、まさにその通りだと感じました。
不器用で、こだわりが強く、社会とうまく折り合えなかった人生。
耳切り事件などの行動を思い浮かべながら作品を見ると、
どこまでも不運だった彼の人生が、胸に迫ってきます。
それでも——
観終わったあと、静かに「よかったなあ」と思えた展覧会でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。
