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国際結婚最大のハードル/詐欺だと疑った両親を説得した話

こんにちは、Mokoko(もここ)です。
中国人夫と結婚して15年、中国に移住して1年が経ちました。

今回はタイトル通り、国際結婚における第一のハードル:両親を説得した話について15年前のことを振り返ってみたいと思います。

🔽夫との出会いについての記事はこちら

アルバイト先での出会い、遠距離恋愛などを経験し4年後に結婚を決めた私たち。
一般的に交際4年で結婚というと決して短くも無いし長すぎもしない、お互いのことが理解するには十分な期間だったかなと思います。


両親が思う4つ心配

しかし今思うと私の両親から見て心配の種になった事がいくつかありました。
・私(嫁)が23歳と若かったこと
・遠距離恋愛のため仕事を辞めなければならなかったこと
・九州→東京に引っ越さなければならなかったこと
・相手が外国人だったこと

仕事or結婚

私は当時学生の頃からの夢を叶え、航空会社で正社員として空港の地上勤務をしていました。
高校も大学へ行くための進学校へ入ったものの、高一の時に夢が明確になり先生に紹介された専門学校へ行くことに方向転換しました。
そこから無事に20歳で就職したため、結婚の話が出た時には入社4年目。中堅社員になっており女子校の延長みたいな9割女性の会社で、休みは会社の先輩後輩同期とばかり遊ぶほど仕事も遊びも全力で楽しんでいました。責任感の重い仕事ではありましたが、人間関係にも恵まれ、お客さまから感謝されればこの仕事は天職!とも思っていました。

そんな自分の中でも最高潮に仕事が楽しかった4年目にやってきた結婚の話。
夫と出会ったのはお互い学生時代のアルバイト先でしたが、先に私が就職しその後大学院時に夫が就職し東京へ行くことに。その後色々ありつつも1年間の遠距離恋愛を経てのプロポーズ、正直悩みました。
仕事を辞めたくないという思い…
東京という場所へ行く期待と不安…

東京という異世界🗼

地方出身の方は共感してくれると思うのですが、“東京”ってやっぱり特別な場所で、憧れでもあり輝いてみえるけれどとても遠く感じる場所。
九州から東京へ行ってしまえば、交通手段は飛行機。長期休暇が無ければ帰るのは難しくなってしまう。
九州出身の私も住んでいる両親も、九州のどこかに居ればすぐに会えるけど(実際には距離がまあまあありますが)、会える回数も減ってしまう以上に、東京に行ったら都会に染まって別人になってしまうのではないかみたいな、そんな目に見えない未知の怖さみたいな物もありました。
偏見というより田舎コンプレックスだったかもしれません。現実に地方出身者の私はそう思っていました。
祖母は『東京には公園や森も無いだろうからねぇ』と本気で言ってました。(何回か行ったことあるのに)
とにかく地方出身者にとって東京はテレビで見る世界でしか無く、住むところでは無いのではという偏見が少なからずあるということです。

私自身、九州から東京に引っ越して、服装がおしゃれになっていたりテレビや雑誌に出てくる場所に気軽に行ってその話をしてキラキラ輝いているけどどこか知らない人になってしまったみたいな知人を見てきて寂しく思ってしまった経験があるからです。

若気の至り?

そしてもう一つは私が若かったこと。
当時まわりにチラホラと20歳前後で子どもを授かって結婚した子もいましたが、それ以降の数年は大学や就職に忙しく結婚する子は居ませんでした。
親は若さ故の早過ぎる決断に、大丈夫か??!という気持ちがあったようです。
あと2-3年遅かったら25-26歳だったら適齢期だと思ってすんなり受けいれてくれたのかなぁ。
今思えばタイミングだし、それも運命だったのかなぁと。
しかし母は最近、『結婚なんて考えすぎずによく分からない若い内にしちゃった方がいいのよー』とまで言ってました。私のこと?笑

夢を手放すという選択

そして仕事のこと。当時勤めていた大手航空会社は地方や管轄部署によって分社化しており私の勤務先もグループ会社の一つでした。そのため東京への異動は出来ず、もし同じ航空会社の羽田や成田勤務を希望するのであれば再就職活動が必要になります。航空業界の就活は一般企業の就活とは一線を介しており全く異なり倍率も凄まじいことも分かっています。そして一般企業で土日休みの彼に合わせたり子供を持つとなると不規則休みのシフト制勤務は厳しいと考えて諦めることにしました。

両親はせっかく苦労して手にした夢の仕事をわたしが4年で諦めてしまった事を惜しく思っていたようです。
シフト制ではありましたが、長期休みには社員優待の割引航空券を使って両親を国内海外旅行に連れて行ったりしていました。それも親孝行だと思っていたので、父も『もっと色々な場所に行きたかったね〜』と後々漏らしていました。
何より私が職を手放すことへ残念さと不安があったことでしょう。

最大の懸念点

ここまで年齢・引越し・失業の理由から両親が結婚を快く受け入れられなかったことについてお話ししてきました。
そして最も不安に思わせてしまった理由は彼が外国人だった事。
文化の違い言葉の違いを乗り越えられるのか、外国に住んだらもっと会えなくなるのでは無いか、向こうの両親とはどうコミュニケーションを取るのか、などなど。
両親からすれば大事な娘の結婚に関して不安が一つでもあれば難色を示すのは当然で、それが3つも4つもあればもう大慌て。自分が親になって初めて当時の両親の気持ちが分かります。

まず私は彼と付き合いはじめてから一年ほどしてから一度、母に彼を紹介していました。母が私の家に遊びに来た時に3人で一緒に食事をするという形だったと思います。当時私は21歳ぐらい社会人2年目だったと思います。
親に付き合う人を紹介したのはこれが最初で最後でした。
母はどちらかというと喜びより驚きの方が勝ってる印象でした。娘からはじめて紹介された彼氏が5歳年上の外国人?!
そりゃそうだ…

しかし彼と直接話して人となりや真面目な性格を汲み取ってくれたようでした。(その当時は結婚の話はまだ出ていませんでしたが)

両親への紹介

そこから時々母には彼のことを話していたとは思いますが、それほど私もオープンに話したいとは思っていなかったので結婚の二文字は寝耳に水だったかもしれません。
結婚を前提にお父さんにも紹介したいという意思を伝え、九州の実家へ彼を呼び話し合いの機会を設けることに。
しかしなんと、当日になって父が予定をドタキャンしたのです…笑
今となっては笑い話なのですが、普段の父はドーンと構えていて緊張でも何でも笑いに変えてしまうタイプの人だと思っていました。そんな父が、娘が結婚したい彼氏を連れてくるというドラマさながらのシチュエーションに耐えきれず急な予定が出来たとか?!の理由で(んなことあるか)ブッチしたのです。
そのあとどうなったか忘れてしまったのですが(ひどい笑)、挨拶はその数ヶ月後にリスケされました。

リベンジの日、父も彼も緊張vs緊張という感じで顔合わせが行われました。ここでは母のフォローに度々助けられました。お母さんありがとう〜。
4人対面で話す時は、身の上話であったり会社の話であったり基本情報の確認と世間話という感じでした。
彼から聞いた後日談によると、外で男と男の話(🚬を吸いながら)で娘をよろしくと一言、父が言ったそうです。
無事に終わったかに見えた顔合わせ。
そしてその後は結婚に向けていつ引っ越すか、中国から義母を呼んでいつどこで顔合わせをするかなどを電話やメールで話し合ったりする日々でした。

〜おまけ話〜
当日東京から九州まで飛行機で来る彼。仕事で疲れていた彼は実は朝寝坊し、飛行機の出発時刻まで1時間前に目を覚ましました。15,000円払ってタクシーを飛ばしてもらい何とか間に合わせました。これでもし遅刻してたら結婚話はもっと酷い展開だったかもしれませんね…(笑えない)

掻き乱す人物の登場

そんなある日、わたしが早番で朝の5時ごろタクシーに乗り空港へ出勤している車内でメールの着信音が鳴りました。(懐かしいガラケー)
父からです。
『私たちは騙されているのでは無いか。もう一度良く考え直さないか』と言った内容がつらつらと長文で書かれていたのです。
普段長文メールなど送ってこない父が、しかも朝の5時に送ってくるなんて平常心では無いことが瞬時に伝わって来ました。

私は今でもその時の背筋が凍る感じを忘れていません。ただでさえ緊張する仕事前に心がだいぶ掻き乱されました。
そして出勤前なのであとで返信しますとだけ返し、その後言葉を選びながらメールを返しました。
なぜ突然そんな話になったかというとざっくりした内容はこうです。

・彼が会社の寮を出て一人暮らし(後に2人で住む家)を始めるにあたり保証人が必要となったため私の父に依頼した(その時に年収を書く欄があって質問した)
・東京の土地勘が無かった父は東京の端っこ(反対方向)に住む実妹に相談した
・実妹(私の叔母)は外国人と結婚する事に驚き反対。
・彼が職場から近いという理由で選んだその家と地域を危ない土地だと批判。(偏見でしか無い)
・会ったこともない彼に対しお金を騙し取ろうとしているのでは無いかという偏見を持ち、父にそう入れ知恵した。
・父がパニックを起こし早朝5時に私にメールして来た

この話を聞いた私の感想としては、
『叔母さんまじでなんて余計なことを…。』
もう一つは
『信じてもらえないのが悲しい』でした。
東京に土地勘が無いために叔母の話を信じ切ってしまい、外国人との結婚に対して不安や疑いを持ってしまうこと、それは今なら理解できる。
だけどお父さん、少し前に彼に会いましたよね?自分の目で彼がどんな人物か確かめましたよね?それでもその彼に会ったこともない叔母の話を信じるの?自分の目で見たものよりも??叔母の話を??!
これが本当に腹立たしかったのです。
父というよりも叔母という人物に対して、人格を疑いました。
叔母だってその土地に住んだこともないのに、なぜそう悪くいうのか理由を聞いても『その沿線の電車に乗っている学生の態度が悪い』だとか『その地域の病院は妊婦をたらい回しにした』だとかただの偏見だったのです。
しかもそれを私に直接連絡もしてこず、疑うなら会って確かめれば?!とでも言いたかったです。でなければ黙ってくれ…!

そう叔母が言ったことで、きっと同居してる私の祖母(父と叔母にとって母)が2人でこれはまずいぞ騙されてるのかも!と盛り上がってしまい父が巻き込まれたんだろうなと容易に想像ができました。(誤解を招かないために言っておきますと、父に保証人をお願いしただけで両親にお金を借りようともしていません。)

彼にはこんな疑いが芽生えてしまっているということは言えませんでしたが、私とかばってくれた母はそこから叔母に対して嫌悪感が芽生え今でもよく思っていません。(こんなに私たちの結婚に足を突っ込んだのに、東京に越してからも子供が生まれてからも私たちの家に遊びに来たことなど一度もない)

父にはその土地に家を選んだ経緯や職場もちゃんとした会社であること、4年間の付き合いの上で彼は信頼できる人物であるということを言葉を選びながら伝えました。
またその前後いつだったかは忘れましたが、父はこっそりと東京で行われた彼の会社が主催する展示会にも足を運び、彼が嘘をついていないかを確かめたそうです。(彼に会うことはせず遠くから本当に彼が居るかどうかを確かめたらしい)

信頼関係には時間が必要

人に信頼してもらうって本当に難しいと感じました。正直、悲しいですが叔母も祖母も父も中国に対して偏見があったのだと思います。
日本に住んでいれば情報も少ないために良くない印象を持ってしまったり、近いけど知らないことだらけで未知の国というイメージを持つ気持ちも良く分かります。私も彼と出会う前はそうでした。

また私は彼を外国人というより人間同士として付き合っていたので、周りがどう思うかについて考えが浅かった上に想像力を膨らませることが出来ていなかった様に思います。
もしかしたら、もっと時間をかけて周囲に対しその信頼感を築いていくべきだったかもしれません。それは私たち2人が20代で経験不足だった様に思います。

そして話し合いを重ね、父も納得してくれた上で家の契約も無事に終わり彼がしばらく生活を慣れたところで私も引越しをし、入籍する運びになりました。

最後に

最終的には私を信じて意向を尊重してくれた両親には本当に感謝しています。あの時心配を掛けたけれど、心配通り会える時間も少なくなってしまったけれど、15年経ったいまも大事にされ子供達2人にも恵まれ幸せに生きています。

今回のお話以外にも両家の顔合わせ、戸籍問題で祖母と喧嘩したこと、中国の結婚式についてなどはまたおいおい書いて行けたらと思います。(国際結婚のハードルは多く、悩みは尽きないですね…)

今国際恋愛や結婚で悩んでいる方へ私の経験により何かが少しでも届くといいなと思います。
かげながら同士として応援しています!

ここまでお読みいただきありがとうございます😊それではまた。

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