見出し画像

#004 ようこそ日本へ・人類の限界

講義録 『ようこそ日本へ』

人類が進化し、世界へ広がっていた頃。
地球は氷河時代。
地質学的には「更新世」。
寒冷な時代です。

当時の日本列島は、
現在より平均で約8℃も寒かったとされています。
これは、現在の東京が
北海道東部ほどの気候になるようなものです。

降った雪が氷河となって陸上に蓄積し、
海へ戻らなくなったため、
海面は大きく低下しました。

その結果、
日本列島はアジア大陸と陸続き、
あるいは非常に渡りやすい状態になっていました。

つまり、
人類は歩いて日本へ到達した可能性が高いのです。

食料となったマンモスやナウマンゾウを追う中で
日本列島へたどり着いたと考えられています。

特にマンモス。
旧石器時代の人類にとって「最高の獲物」。
マンモス1頭から得られる肉は数トン規模。
仮に3トンの肉が取れたとすれば、
1人1日1kg食べても、
100人が約1か月生き延びられる計算。

しかも、肉だけではありません。
牙は道具に。
骨は住居に。
皮は防寒具になる。

マンモスは「生きるための資源の塊」。
人類は、マンモスの群れを追いました。

『はじめ人間ギャートルズ』を思い出します。
マンガで出てきたマンモス肉はおいしそうだった。

そして…ついに…なんと…
人類が日本列島にもやって来ていたことを示す
発見がありました。

1946年、群馬県岩宿遺跡の発見です。
発見者は相沢忠洋。
関東ローム層から黒曜石の石器を発見しました。

この発見によって、
更新世の日本に、
人類が渡ってきていたことが証明されたのです。


今年(2026年)は岩宿遺跡の発見から80年。
入試では、周年の出来事が狙われます。
いわゆる「周年問題」です。

今年は、東京都の国立博物館でも
関連する催しが開催されています。
入試対策としても押さえておきたいテーマです。


岩宿の発見が契機となり、
全国で発掘が進み、
各地で化石人骨が発見されていきました。

浜北人(静岡)
港川人(沖縄)
山下町第一洞人(沖縄)
下地原洞人(沖縄)

そして長野県野尻湖。
ナウマンゾウの牙と打製石器がともに出土。
人類と大型動物の共存が判明。

これらを含めて、
4000カ所以上で更新世の遺跡が確認されました。

これにより、
アフリカで誕生した人類は、
食糧となる大型動物を追いながら、
日本列島へ到達したことが確実となったのです。

あるグループは、
マンモスを追って
シベリアから樺太を経て北海道へ(北方ルート)。

あるグループは
ナウマンゾウを追って
朝鮮半島を経て九州へ(南方ルート)。


そして入試対策ポイント。
日本で発見されている化石人骨は、
すべて「新人」の段階です。
エンゲンキュウシンの「シン」。
つまり人類は、
アフリカで誕生し、
進化を重ねた後、
ほぼ最終段階に近い姿で日本へ到達したのです。

逆に言えば――
もし日本で「エンゲンキュウ」の痕跡が見つかれば、
教科書は書き換わります。

だから私は、今日も下を向いて2万歩。
一攫千金を狙います。


余談  『人類の限界』

沖縄修学旅行の最中。
車窓を一瞬よぎった「港川遺跡公園」の文字。

海が見えます。あの海の彼方からやってきたのでしょうか。

えっ!?
思わず声が出てしまいました。
日本最古の全身化石骨「港川人」発見の場所です。

通り過ぎるのかよ……。
看板が、どんどん遠ざかっていく。
バスはそのまま「おきなわワールド」へ到着。

港川遺跡公園までは、およそ1km。
徒歩15分ほどの距離です。

生徒たちが自由行動に入った隙に、
私は他の教員に後を任せ、
H先生と急いで引き返しました。

H先生も無類の歴史好き。
しかも民俗学専攻。
人類史の話は自分より詳しい。
港川人に会いたい一心でした。

たどり着いた場所は異常なほど静かでした。
平日の午後だったこともあるのでしょう。
人影はありません。
観光地のような派手さもありません。
あるのは、控えめな案内板だけです。
『詳説日本史』ではわずか一行の記述。
それでも、日本の人類史を語るうえで
欠かせない場所です。

そこに、自分が立っている。
「もっと有名でもいいですよね?」
H先生が言いました。
確かにその通りです。

けれど同時に、うれしくもありました。
静かだからこそ、
ゆっくり港川人のことを考えられる。

私は、いつものルーティンを始めました。
目を閉じる。
深呼吸をする。
大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
自分の中を空っぽにする。
そして、その空っぽになった肉体に、
港川人を憑依させるのです。

港川人が憑依した瞬間

ぜいたくな時間を過ごしました。
ジャングリアよりも、
国際通りよりも、
沖縄ワールドよりも、
私にとっては、はるかに価値のある時間でした。
日本史教師として、
これ以上ない時間でした。


余韻に浸りながらの帰り道…
突然の腹痛。
――ギュルルル……。
「これはダメなやつ」
と経験で分かる痛み。

頭の中が、
「人類史の探究」から
「トイレへ急げ」へ切り替わりました。

ここで粗相をするわけにはいかない。
教師としても、
人としても終わる。
港川人の聖地で惨事を起こすわけにはいかない。

トイレを目指す。
公衆トイレもない。
コンビニもない。

走ると振動で危ない。
早歩きとも違う、
独特の強歩みたいな動きになる。

しかし、不思議と足は動く。
港川人が憑依してくれている。
アフリカから沖縄まで歩いてきた人類。
1km程度で脚が止まるわけがない。
ありがとう、港川人。

そして――
「おきなわワールド」の看板が見えた。
感動、安堵。
トイレ。
文明であり、希望。

現代文明のありがたみと、
健脚を貸してくれた港川人に感謝しました。

こうして、港川人の協力により、
私の威厳とズボンは守られました。


…などと、港川人と脱糞危機の話をしていると、
内容ばかりか、時代まで 脱糞 脱線 していきます。

人類は沖縄へ上陸した。
1945年には米軍が沖縄へ上陸する。
「沖縄は、いつも日本列島の玄関口なんだな…」

そんな話から、授業はいつの間にか地政学へ。
なぜ沖縄が、何度も歴史の最前線になるのか。

ロシアがなぜ南へ出たがるのか。
地図を逆さまにすると
ほら、妙に納得できるだろ。
現代の中国外交もこれで理解できるだろ!

結局、歴史は「場所」なんだ。
地図を見ると、それがよく分かる。

米ソ対立、つまり冷戦も、
北極点を中心に見ると「近っ!」となるだろ?

…止まらなくなります。
悪く言えば、脱糞 脱線 しまくり。
よく言えば、これぞ教科横断型授業。

こうして今日も、
旧石器時代からなかなか抜け出せないのです。

ホテル前のビーチからの朝日。港川人も見ていただろう。


いいなと思ったら応援しよう!