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多摩川の生き物とヒト その304 水系 多摩川自然観察会 荒川へ  ‘25/5/18

いつもはここから駆けつけてくれる会員のÝさんの地元を見ようとした。浮間の新河岸川から荒川のコースは観察会では初めて。埼京線の北赤羽駅に7名が集合
駅から新河岸川へ。マンションの植え込みにはヒナキキョウソウが美しく咲き、出迎えている。堤防の傾斜がきつい。公園にはジャカランダが植えられているが、葉も少なく、Yさんも「いつもならば、つぼみがあるのだが・・」の声。

新河岸川の上にある埼京線北赤羽駅。隣に東北・北陸・上越・山形・北海道新幹線が走っている。地元対策に埼京線を作った。E5系、E7系、E8系などなど、鉄ちゃんが喜ぶ所。
薄水色の橋が浮間橋。早速、何かを見つけた。
浮間橋のいわれの碑。これは読める。橋がない時は不自由だったと思う。現在でも、別の地域に行くには橋を渡る必要がある。
浮間橋の碑
橋近くの植え込みにあったシロバナマンテマ。マンテマは意味不明。赤いマンテマの変種。ナデシコ科。
オキジムシロ。ヨーロッパ原産。バラ科
堤防などにあったヒナキキョウソウ。美しい。キキョウ科。
妙に形造られた浮間橋下流の新河岸川の堤防。
堤防にはクスダマツメクサなどが咲いている。
ジャカランダ。世界三大花木の一つ。宮崎県などで街路樹になっている。もともと暖かい所の木なので、適していないのだろう。しかし、温暖化により合ってくるだろう。ノウゼンカズラ科。
新河岸川を泳ぐカルガモ。川の味は。
対岸はオオキンケイギクが彩っている。
製紙工場の煙突。浮間周辺は製本などの関連企業が多い。
もうすぐクワの季節。階段に落ちていたクワの実。
観察会の様子。


ユウゲショウ。赤いのが多いが、このように白いものもある。アカバナ科。
コメツブウマゴヤシ。馬などの良い飼料になる。マメ科。
堤防一面に咲くチガヤ。イネ科。
東北本線、京浜東北線を越える。湘南新宿ラインなどの電車がひっきりなしに来る。しかし、同じ形式が多いのであまり面白くない。
がっしりとした東北本線の橋脚。
荒川に出る。斜面にはシバザクラが植えられている。何のために。多摩川では行なわないで欲しい。
東北本線荒川橋梁付近で。橋下は駐車場と化している。
野球場が9面もあり、河川敷は野球場となっている。自然は水辺に沿って残っている。しかし、簡単には近づけないだろう。
新河岸川側の堤防にあったセッカニワゼキショウ。花の形の違いなどからニワゼキショウと別種。アヤメ科。
ハナヤエムグラ。ヨーロッパ原産の外種。アカネ科。
チチコグサ。ハハコグサに対してつけられた。これは在来種。キク科。
新荒川大橋付近にあったランタナ。寒い所は苦手だが、最近、増えてきた。クマツヅラ科。
橋のたもとはフェンスで囲まれている。
橋のたもとに住むホームレス対策のためだった。囲って住めないようにしている。橋のたもとは雨風が防げて寝るにはいいとは元旅人の話。
公園ではさらに煮炊きを禁止し、住めないようにしている。異人を認めないのだろうか。
新荒川大橋右岸には珍しく、テニスコートがあった。
コートを過ぎると、もう、ヒトが歩けなくなる。
岩淵橋下流で。
知水資料館近くを行く。大きなアンテナは国土交通省荒川下流河川事務所。
Yさんに案内された外来種。タンポポかと思ったが、ハイコウリンタンポポと言うものだった。訂正。waiwaiさんの指摘により、ワタゲツルハナグルマ。関西で多く、関東では少ない。渡来時期も不明の種。
ネコハギ。イヌハギがあり、それに対して。タヌキもある。マメ科。
前日、雨が降ったせいか、キノコが発生していた。

東北本線の橋梁を越えると、いつの間にか、荒川が寄り添ってきている。荒川を見下ろす、堤防の斜面にはシバザクラが植えられ、異様な光景。川辺にはかろうじてアシなどが生えているが、別の機会に見たい。
新荒川大橋をくぐり、荒川知水資料館amoaへ。大量のパンフレットもあり、荒川の歴史が新聞記事などからわかり、勉強になる。
隣の旧岩淵水門、通称赤水門を見学。上流には2019年時の洪水の高さ8mなどを記録した標柱もある。この水門がかかる中洲には草刈の碑があり、また釣りや憩いの場となっている。

知水資料館の屋上から荒川を見る。赤い橋は新荒川大橋。
こちらは新河岸川。川と川の間の中洲を歩いてきた。
2019年の洪水の写真。知水資料館で。広い荒川の河川敷まで水に浸かっているのがわかる。
旧岩淵水門。1924年に完成。なんと101年と一世紀を越える。1960年代に塗り直されて赤水門と言われるようになった。
作られたのは1924年。溶接ではなく、東京タワーと同じリベット打ちで鉄板を繋げている。地盤沈下により、洪水を防ぎきれないために新岩淵水門を作った。
水門まで水が来たとき、逃がすために穴が開いていると会員のkさんから知った。何気ない物でも訳がある。
旧岩淵水門の説明版。
今日では完全に水門が荒川を塞いでいない事がわかる。
水門の上流にある洪水の標柱。2019年の洪水時は約8mも上昇した。


標柱近くの護岸にあったイの仲間。
恐らく、ウラギク。キク科。
草刈の碑。水門がある中洲にある草刈の碑。この周囲で1938年から1943年にかけて草刈の何と全国大会があったの記念して建てられた。戦争に向けて、仕掛けられたもの。
旧水門の中の島から見た上流。右は放水路へ。
新岩淵水門へ向かう。
ここから川は二手に分かれ、ここから隅田川となる。
新岩淵水門。青水門と言われる。1982年完成。洪水時、完全に流れを遮り、放水路へ流す。
泥が着いている。時たま、ゲートを下すのか。
荒川は昔から重要な水運。今ではボートなども通る。謎の水路の標識。一つはユータンするな!か。
青の水門から上流の赤の水門の中洲を見る。中州を通り、この堤防まではつながっていたが、青の水門に水を通すために削った。
水門の解説板
新河岸川が隅田川と合流する。
荒川こと隅田川側の堤防は傾斜が急で、近寄れない。
おまけに川辺にはフェンスもある。
隅田川は大きく曲がり、両国方面へと流れる。堤防も高く、ヒトが近寄りづらい。近くには日本化薬工などの工場もある。工場跡はマンションになったのか。
荒川放水路、今では荒川と呼んでいる堤防を歩く。草木もなく、陽射しが直接当たる苦行の道。
河川敷はゴルフ場などになっている。多摩川の丸子などと同じで立ち入れない所が多い。
河川敷や川幅が広く、よく、19年に渡って掘削したと感心する。
芝川水門。新芝川が合流。船は一方通行になっている。
鹿浜橋から上流を見る。大きなマンションもできている。水害がないという前提だろう。
岸辺にあった小さな干潟。見たいが、入る術は無い。1930年の完成以来、95年の時を経て、人工の川に自然が出来た。
交通量の多い鹿浜橋。よく交通情報で出てくる鹿浜橋はここだと実感する。
今は麦秋。堤防はスズメノチャヒキなどが実っていた。
対岸から見ていた芝川水門。
お昼ご飯を食べている時、おこぼれを狙ったのかムクドリのひな。
足立区の都市農業公園で。雰囲気はいいが、高速道路の橋げたなどがあり、残念。
農業公園で。水田もあり、田植えの準備をしていた。
イモカタバミではなく、フヨウカタバミ。大きな花のカタバミ。カタバミ科。
本当は荒川放水路だが。放水路を加えればいいと思うが。
荒川や新河岸川では堤防がそそり立つ。

青水門こと、新しくできた岩淵水門を通り、荒川放水路の堤防へ。ここから、荒川は隅田川と名を変え、浅草などの下町を流れる。ヒトの手で出来た荒川放水路は荒川とも呼ばれている。二つの川を分ける所は河口から20㎞地点で、多摩川の丸子付近と同じ。丸子と同じようにゴルフ場などが多く、堤防には樹も無い。マンションや団地、近くに陸軍火薬工場などがあったせいか、火薬製造などの工場も多い。そのため、陽射しが直節あたり、蒸し暑い。この中をひたすら歩き、鹿浜橋を渡る。
麦秋でスズメノチャヒキが白く実っている堤防を歩き、やっと足立区の都市農業公園に着き、昼食。
庭園や水田があるが、高速道路の橋げたがあるなど、不釣り合い。美味しい野菜があるかと期待したが、さほどでもなかった。
鹿浜橋へ戻り、冷房の効いたバスへ。堤防から下の道に降りていくのは傾斜がきつく、大変。放水路が出来たのが95年前と古く、今の親水などを考えものではなく、ただ水を流すための設計だったのだろう。
今回は多摩川よりも広大な荒川の風景、そして隅田川と荒川の関係、そして新河岸川の合流点が見られた。
気軽に岸辺に行ける多摩川の良さを思い出した一日でもあった。






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