#158 期待と押しつけの違いを考えてみた
期待しているつもりが、押しつけになっていることがある
人に期待することは、悪いことではないと思う。
むしろ、期待があるからこそ、
人は前に進めることがある。
「あなたならできると思う」
「ここを任せたい」
「もっと力を発揮できるはず」
そう言われることで、
自分では気づいていなかった可能性に気づけることもある。
ただ一方で、
期待しているつもりが、
いつの間にか押しつけになっていることもある。
その境目はどこにあるのだろう。
最近、そんなことを考えていた。
期待は、相手を見ることから始まる
期待とは、
相手をよく見ることから始まるものだと思う。
その人は何を大切にしているのか。
どんな時に力を発揮するのか。
どんな言葉なら前を向けるのか。
今、どんな状態にいるのか。
本人は本当はどうなりたいと思っているのか。
そこを見ようとせずに、
「こうなってほしい」だけを渡すと、
それは期待ではなく押しつけに近づいていく。
期待は、相手の可能性を見ること。
押しつけは、
自分の理想を相手に背負わせること。
この違いは、
かなり大きい気がしている。
「あなたならできる」は、時に重くなる
「あなたならできる」
この言葉は、
人を励ます力を持っている。
でも、使い方を間違えると、
相手を追い詰める言葉にもなる。
相手がまだ準備できていない時。
本人が望んでいる方向と違う時。
今の状態を見ずに言っている時。
そんな時の
「あなたならできる」は、
励ましではなく、
期待に応えなければいけない圧力になる。
だからこそ、
その言葉を使う時には、
少し慎重でありたい。
大事なのは、
「自分がそう思うから」ではなく、
「相手自身もその方向に進みたいと思えているか」
なのだと思う。
押しつけは、相手の現在地を見失う
押しつけになっている時、
自分の中では相手の未来を見ているつもりかもしれない。
もっと成長してほしい。
もっと自信を持ってほしい。
もっと力を発揮してほしい。
その気持ち自体は、
決して悪いものではない。
でも、未来ばかり見すぎると、
相手の現在地を見失うことがある。
今、何に困っているのか。
何に不安を感じているのか。
何がまだ分かっていないのか。
そもそも本人は、その方向に進みたいのか。
そこを見ずに背中を押すと、
相手からすれば、
「自分のことを見てもらえていない」
と感じるかもしれない。
期待は、未来を見ること。
でも同時に、
相手の今をちゃんと見ることでもある。
期待には、対話が必要だ
期待は、一方的に渡すものではないと思う。
「こうなってほしい」
「これを任せたい」
「ここに可能性を感じている」
そう伝えることは大事。
でも、それで終わりではない。
相手はどう受け取ったのか。
本人はどう思っているのか。
そこに不安はないのか。
違和感はないのか。
自分の言葉として持てそうなのか。
そこまで話して初めて、
期待は相手の中に入っていく。
期待は、命令ではない。
期待は、評価でもない。
期待は、相手を動かすための道具でもない。
期待は、
相手の可能性を一緒に見つけていく対話なのだと思う。
期待する側にも、覚悟がいる
誰かに期待するなら、
期待する側にも覚悟が必要だと思う。
期待を伝えたら終わりではない。
相手が迷った時に、もう一度話す。
うまくいかなかった時に、すぐ見限らない。
必要なら環境を整える。
その人らしい進み方を一緒に探す。
期待とは、
相手に任せるだけではなく、
相手が力を出せるように関わり続けることでもある。
「期待している」と言いながら、
あとは本人任せにしてしまうなら、
それは少し無責任かもしれない。
本当に期待するなら、
相手のペースや葛藤も含めて、
一緒に見ていく必要がある。
期待と押しつけの境目
期待と押しつけの違いを、
今の自分なりに整理するならこうなる。
期待は、相手の可能性を見ること。
押しつけは、自分の理想を乗せること。
期待は、相手の意思を聞くこと。
押しつけは、相手の意思を置き去りにすること。
期待は、相手の現在地を尊重すること。
押しつけは、今の相手を否定すること。
期待は、一緒に探すこと。
押しつけは、答えを決めつけること。
この違いを忘れないでいたい。
最後に
人に期待することは、悪いことではない。
誰かに可能性を見てもらえたことで、
自分の人生が少し変わることもある。
自分では気づけなかった長所に気づけたり、
一歩踏み出すきっかけをもらえたりする。
だからこそ、
期待すること自体を怖がりすぎなくていい。
ただ、期待する時には、
相手をちゃんと見ていたい。
その人の今を見て、
その人の意思を聞いて、
その人らしい未来を一緒に探す。
「こうなってほしい」と押しつけるのではなく、
「あなたの中には、こういう可能性があると思う」と差し出す。
そして、受け取るかどうかは相手に委ねる。
期待とは、
人を変えるためのものではなく、
その人が自分の可能性に気づくための光のようなものなのかもしれない。
そんな期待の仕方ができる人でありたい。
