#133 人としての成長に、卒業はない
学校には卒業がある
学校には、卒業がある。
小学校を卒業し、
中学校を卒業し、
高校を卒業し、
大学を卒業する。
区切りがあるから、
「ここまで頑張った」と実感しやすい。
でも、社会人になってからは少し違う。
仕事に終わりはあっても、
人生そのものに分かりやすい卒業はない。
だからこそ、ふと思う。
人としての成長に、卒業はあるのだろうか。
仕事の成長は、分かりやすい
仕事での成長は、比較的見えやすい。
できる業務が増えた。
成果が出た。
役職が上がった。
任される範囲が広がった。
こういう成長は、周りからも分かりやすい。
もちろん、それは大事なことだと思う。
ただ、それだけで人として成長しているかと言われると、
少し違う気もしている。
人としての成長は、点数がつかない
人としての成長は、かなり見えにくい。
たとえば、
人の話を最後まで聞けるようになる。
自分の正しさを少し手放せるようになる。
相手の背景を想像できるようになる。
弱さを受け入れられるようになる。
感情に振り回されず、少し立ち止まれるようになる。
こういう変化には、点数がつかない。
でも、人生においてはかなり大きい。
むしろ、
年齢を重ねるほど大事になるのは、この成長なのかもしれない。
大人になるほど、成長は分かりにくくなる
子どもの頃は、成長が分かりやすかった。
身長が伸びる。
できることが増える。
新しい学年に上がる。
でも大人になると、
成長はもっと静かになる。
昨日と今日で急に変わることはない。
でも、ふとした瞬間に気づく。
以前なら怒っていたことを、
今は受け止められるようになった。
以前なら落ち込んでいたことを、
今は次の材料にできるようになった。
以前なら言えなかった本音を、
少しだけ言えるようになった。
こういう小さな変化の積み重ねが、
人としての成長なのだと思う。
どんな大人になりたいのか
人としての成長を考えると、
結局この問いに戻ってくる。
自分は、どんな大人になりたいのか。
すごい人になりたいのか。
偉い人になりたいのか。
尊敬される人になりたいのか。
もっと深く考えると、
自分が本当に目指したいのは、
肩書きや評価ではない気がする。
人を雑に扱わない人。
自分の言葉で話せる人。
人の可能性を信じられる人。
失敗しても、また向き合える人。
年齢に関係なく、学び続けられる人。
そういう人でありたい。
成長に卒業がないから、面白い
もし人としての成長に卒業があったら、
少し寂しい気もする。
もう学ばなくていい。
もう変わらなくていい。
もう完成した。
そうなった瞬間に、
人生の面白さは少し弱くなる気がする。
人は完成しない。
だからこそ、
悩むし、迷うし、失敗する。
でも同時に、
まだ変われる余地がある。
未完成だからこそ、人生は続いていく。
最後に
人としての成長に、卒業はない。
仕事のように明確な評価がつかないこともある。
誰にも気づかれない変化もある。
それでも、
自分の中では確かに変わっている。
少し優しくなれた。
少し素直になれた。
少し人を信じられるようになった。
少し自分を受け入れられるようになった。
そういう小さな成長を、
これからも大事にしていきたい。
人生は、完成を目指すものではなく、
自分という人間を少しずつ育て続けるもの
なのかもしれない。
