ダルク時代の体験
ダルクの冬と、ポルシェで200キロ出す施設長の話
こんばんは。慈雨です。
本日もご覧になってくださりありがとうございます。
今回の記事は、僕にとって初めての「有料記事」として投稿させていただきました。
正直に言うと、出してから少し反省もしました。
いつも皆様が有料記事を書く時に添えている「なぜ有料にしたのか」という説明を、僕は何も書かずにいきなり出してしまったからです。
ですが、今回有料にした理由があります。
この先に書いた内容は、僕の回復の中でも特に深い部分で、
自分の弱さや恥ずかしさ、過去の出来事も含めて、かなり正直に書きました。
無料で広く読んでいただくよりも、
「本気で読んでくださる方」
「回復の道を一緒に見守ってくださる方」
そんな方に向けて、丁寧に届けたいと思いました。
また、有料にすることで、僕自身も覚悟を決めて、逃げずに書けると思ったのです。
いつも応援してくださっている皆様には感謝しかありません。
その上で、もしよろしければ、この先を読んでいただけたら嬉しいです。
今回も、僕がお世話になっていた回復施設「ダルク」での話をさせていただこうと思います。
ダルクと聞くと、世間ではいろんなイメージがあるかもしれません。
でも僕がいた場所は、想像以上に「生活」そのものでした。
■ ダルクの冬は「工夫」で生き延びる
ダルクといえば、まずこれです。
エアコンは使わせてくれない。
冬は徹底的に防寒対策をします。
窓ガラスにはビニールのプチプチを貼り巡らし、冷気が入らないようにする。
床面には段ボールを敷き詰める。
みんなが集まるフロアにはストーブが一台。
とにかく節水、節電の意識が高い。
それはケチとかではなくて、
「生きる知恵」でした。
僕はそこで、ダルクの伝統みたいなものを感じさせられました。
■ 施設長という存在
ダルクの施設長ともなると、器がでかい。
知恵もあり、僕たちを導いてくれる存在でした。
ただし、ここだけの話。
僕がお世話になった施設長は、
男として非常に魅力的で尊敬に値する人物なのですが……
とにかくスピード狂なのです。
高速道路に乗ったら、愛車のポルシェで
平気で200キロ近く出す。
ダルクのメンバーの車は3台ぐらいありましたが、
それぞれの車はついていくのが精一杯です。
もちろん「おいおい大丈夫か」と思う時もありました。
でも当時の僕は、なぜかそれが妙に楽しくもありました。
■ 荒くれ者が集まる場所
ダルクにはいろんな人が入寮してきます。
ヤクザの方。
体がゴツい格闘技経験者。
僕より喧嘩が強そうな人間なんて、普通にゴロゴロいました。
そんな荒くれ者たちをまとめ上げるのが、施設長の器のでかさでした。
ユーモアもあって、
みんな憧れていたと思います。
■ 肉が食べられない僕への配慮
僕が施設長や仲間に感謝しているのは、
肉が食べられない僕に、最大限の配慮をしてくれたことです。
僕だけ別メニューを頼ませてくれたり、
日々の食事でも、仲間たちは肉を避けて考慮してくれました。
厳しい場所のはずなのに、
そこには確かに人の優しさがありました。
ここから先は、
「ダルクの生活のもっと深い部分」
そして、僕が当時感じていた
自由のない絶望について書きます。
施設長の“カリスマ性”が、
ただの憧れでは済まないものだったことも含めて。
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