誰も見ていない場所で徳を積む
こんばんは。慈雨です。
本日もご覧になっていただきありがとうございます。
今日は、少し前の出来事を思い出しました。
トイレ掃除の話です。
ウォーキングの通り道に、公衆トイレがあります。
僕はよくそこを使わせていただいていました。
しかしある時、ふと気になったのです。
汚れた便器をそのままにして、何事もなかったかのように通り過ぎていく自分の姿が。
「いつも使わせてもらっているのに、このままでいいのだろうか」
そんな思いが、心のどこかに残っていました。
そこである日、早朝5時にトイレ掃除をしようと思い立ちました。
道具は事前にイメージの中でシミュレーションして、100円ショップやスーパーで買い揃えました。
家にあるものもかき集め、準備を整えました。
まだ人通りのない早朝。
国道の車の音もまばらで、空気がとても澄んでいます。
まずホースで水を出して便器を洗います。
それから洗剤をかけ、たわしでこすりました。
泡が広がり、汚れが少しずつ落ちていきます。
水で流したあと、雑巾でピカピカに磨き上げました。
続いて床の掃除です。
排水がうまくできなかったので、雑巾で水を拭き取りながら少しずつ仕上げていきました。
掃除を始めて1時間ほど経った頃、巡回の清掃員の方が来られました。
「ちょっと掃除させていただいています。もうすぐ終わります。」
そうお伝えして、最後まできれいに仕上げました。
掃除を終えた時、とても気持ちがよかったのを覚えています。
他人が使ったトイレを掃除すると、自分の霊性が清められると言われます。
私はその時、奉仕の気持ちでやらせていただきました。
トイレ掃除の行は、
自分の心を磨く行為でもあるのではないかと思います。
守護霊様にも、きっと良い影響があるのではないか。
そんなことも感じました。
トイレ掃除とは少し違いますが、
以前、道端のゴミを拾いながらウォーキングをしていた時期もありました。
最初は見かけたゴミを手で拾い、ゴミ箱を探していました。
ところが意外とゴミ箱がないのです。
コンビニに捨てるわけにもいかないので、
袋を持参し、トングを買ってウォーキングするようになりました。
タバコの吸い殻などは素手で拾うと手が汚れてしまいます。
トングがあると手を汚さずに拾うことができます。
多い時には、買い物袋いっぱいのゴミが集まることもありました。
そのゴミは自分のマンションのゴミ捨て場に捨てていました。
また体力が戻ってきたら、こうした奉仕活動もやらせていただきたいと思っています。
今日の記憶の旅は、
トイレ掃除とゴミ拾いウォーキングの話でした。
どうか温かい目で見ていただけたら幸いです。
今日はここまでにさせていただきます。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
皆様に倖せが訪れますように。
皆様の心の安寧、そしてご健康とご発展を心よりお祈り申し上げます。
どうぞご自愛ください。
慈雨
神、我と共にあり

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