「夢が詰まった穴、私のオブジェ ― 1998年、父と子がつなぐ人生の記憶」「46歳で夢を掘った父と、FRPまみれの美大生――死と再生の夏を、日記とともに追体験する」
土の匂いが、湿ったFRP(繊維強化プラスチック)のにおいと混ざって鼻をついた。
スコップが土を掘る音。
汗が額から滴り落ち、腕の筋肉が熱を帯びる。
1998年の夏は、匂いと音と汗に満ちていた。
そして、コロナ禍その夏の記憶が、棚の奥で黄ばんだ日記にひょっこり現れた。
ページには雑な文字と味のあるイラスト。
それでも、あの夏の空気は確かに伝わってくる。
父は四十半ばで長年勤めた会社を辞めた。
視覚障害を抱えながら盲学校に通い、針灸治療院を始めた。
不安も、経済の重圧も、息子を美大に通わせる責任も、全部背負っていた。
その父が、治療院の駐車場でスコップを握っていた。
照りつける夏の陽に、黙々と穴を掘る姿。
汗と土まみれで、何日もかけて深く、硬い地盤を丁寧に穴を掘る。
「お前のオブジェを立てる土台だ。倒れたら困る」
その背中は、ただの穴掘りではなかった。
人生をもう一度組み直すための、父自身の土台だった。
同じ年、従弟が交通事故であっけなくこの世を去った。小さな娘を残して。
都会の焼き場で、毎日何十人もの肉体が灰になっていく現実を目にした私は、父と死について語り合った。
「死んだら終わりだ。だから今を生きる」
父は言いながら、穴を掘る手を止めなかった。
不安を押し返すように、未来を信じる力で、スコップを握り続けた。
私のオブジェは、大学近くの森の公園で展示された後、治療院駐車場に設置された。
高さ5メートル、FRP性の巨大オブジェ。
直観でこの作品は世に残るだろうと思い胸が躍った。
教授には「自己満足だ」と一刀両断された。
落第点。素人の作品を公道にさらす恥ずかしさを当てつけられた。
でも、私は他人の評価に左右されなかった。
信じることにまっすぐ進む。それが私の信念だった。
オブジェは父の夢を支え、私の尖った青春の証でもあった。
オブジェ設置後、治療院は少しずつ評判を呼び、父は患者と笑い合った。
しかし、目の病気が進み、無理がたたり、父は56歳でガンに倒れた。
治療院の玄関に立つオブジェは、父の未完の夢を抱えたまま、風に吹かれ、あれから27年間静かに立ち続けている。
日記を閉じると、あの夏の匂いが蘇る。
土の匂い、汗に濡れた背中、スコップが土を掘る音。
父の掘った穴は、ただの土台ではなかった。
人生を再構築する覚悟であり、未来への信頼であり、私の青春の証でもあった。
父の人生は途中で終わった。
でも穴の底には確かに夢が宿っていた。
そして、その夢を支えていたのは、泥まみれで不器用で、まっすぐだった“1998年の私”だった。
父と子の秘密↓
