『ピンボケの幸福論』
父は、やたらめったら家族写真を撮りたがった。運動会ともなれば、観客席からレンズを構えるのが普通だろうに、この男ときたら、走っている私の真横まで、ずかずかと入り込んでくる。子供心に、自分は世間に注目される特別な存在なのだと、おめでたい勘違いをしていたものだ。
しかし、その妙な接近癖の理由がわかるのに、さほど時間はかからなかった。父は目が悪かった。それも進行性の病で、私が思春期を迎える頃には、その写真はほとんどがピントの合わない、ぼんやりとしたものになっていた。それでも、親戚や友人が集まれば、「さあ、記念撮影だ」と張り切り、必死にレンズを覗き込んでいたが、現像された写真は、見るも無残なピンボケ。そのたびに、「ああ、またか」と、父は肩を落とした。
先日、私がひどい食中毒で七転八倒していると、夢に父が出てきた。例の調子で、にこにこと笑いながらカメラを抱え、こちらを見ている。私は内心、「ああ、またピンボケだろう」と、どうにも落ち着かない気持ちになった。だが、次の瞬間、どうでもよくなった。いや、それでいいじゃないか、とさえ思った。
現像された写真は、ほとんど見返すことのないまま、分厚いアルバムの奥に眠っている。だが、そこに写し取られた、人が集い、ざわめき、感情が揺れ動く、あの尊く眩しい時間こそが、父にとっての幸福だったのだ。そう気がついたとき、夢の中の私は、とめどなく涙を流していた。
父が死んで、十五年が経った。ようやく私は、この男の人柄を理解し、その存在の大きさを、こうして言葉にできるようになったのかもしれない。それは、彼の写真のように、少々ピントがずれていても、確かにそこにあった、温かな時間そのものなのだ。
もうソウ太郎
