善意が相手に届かないとチャリティは成立しないのか?
今思い出しても何故か分からないが、小学校の遠足先で募金活動に遭遇したことがある。
それもユニセフとか赤十字とか分かりやすいやつじゃない。どこやねん、の怪しい団体だ。
募金の目的はやっぱりありきたりで、確か『途上国の恵まれない子供に』的なものだったと思う。
その日の朝、私は母親から非常用の千円を受け取り、首から下げた御守りの中に忍ばせていた。
募金箱を取り囲んで、友達は百円とか小銭を入れていたと思う。
おれはもっと沢山募金できるんだぜ!
そんな気持ちで私は鼻の穴をふくらませ、持っていた千円札を迷わず募金箱に投入した。
いいことしたなぁ
きっとおかんも褒めてくれるに違いない。
ルンルンで帰宅するなり母に伝えたところ、予想に反してめちゃくちゃ怒られた。
「そんなんお金どこに行くかわからへんやん!募金するなら素性のちゃんとしたところでやるもんや!」
当時の私には、いいことをしたはずなのにどうして怒られるのか理解出来なかった。
だからあれから30年以上経った今でも、モヤモヤした記憶としてはっきりと覚えているのだろう。
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ここ数年のことだが、ボーイスカウトに入った息子と一緒に駅前で募金活動をするようになった。
白い募金箱を首から下げて、子供たちは元気に声を張り上げる。
「募金お願いしまーす!!」
すると結構な人が立ち止まって募金をしてくれる。
「頑張ってね」
「えらいね」
そんな労いの声をかけてもらって子供たちも嬉しそうだ。
募金した人はボーイスカウトという団体を信用しているから、いいことしたなぁと感じる。子供たちの笑顔も返ってくるのだから尚更だろう。
一方で子供たちは募金してくれる人たちから善意のエネルギーを受け取る。えらいね、の言葉で自己肯定感を高める。
そしてお金は必要なひとのところに届く。
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子供の時に怒られた遠足募金と、ボーイスカウト募金の違いは何だろう。
募金がきちんと相手に届くという安心感があるかどうかだろうか。
相手に届かないかもしれない遠足募金はチャリティではなかったのだろうか?
いや、そんなことはないな。
今改めて思うと遠足募金もお金を捨ててしまった後悔として記憶しているわけではない。
いいことしたなぁのままの記憶で残っているんだよな。
そうなると、周りの人がどう言おうと誰かのために何かしたい気持ちがチャリティなんだろうな。
ぐるぐる考えたけど少しスッキリした。
あれ、ところで、募金と似たような行為を最近したような?
そうだ、思い出した。
募金と神社のお賽銭の違いってなんだろう?
こちらの企画に参加しています。
PJさん、小林さん、初めまして。
素敵な企画に賛同します。
リレーのバトンは本田すのうさんからでした。
チャリティって仕組みが大切ってのはほんとにそうたと思います。
何かしたいという気持ち自体がチャリティにつながると思いましたが、やはりそれが継続していくには、きちんと必要なひとに届いて、そして喜びの声のフィードバックがあることは必要だと思います。
すのうさん、バトンをありがとうございました!
そして私の次にバトンを受け取ってくださったのはこちら。
紫吹はるさんです。
書くことに真剣に向き合うすのうさんから、受け取ったバトンをはるさんに繋ぐ。
いい仕事したんじゃないか、おれ☺️
はるさん!体調万全じゃない中、𝕏での問いかけに秒で反応くださりありがとうございました😆実ははるさんに受け取ってもらえたらいいなぁって思ってました。なのでバトン渡します!
よろしくお願いします✨️
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サポートいただきありがとうございます😊嬉しくて一生懐きます ฅ•ω•ฅニャー