【ショートショート】 愛の循環
プロポーズの瞬間、夕暮れの公園に声が響いた。
「一生ミキちゃんのことを大切にする! おれの愛を受け取ってください!」
「大輔さん、ありがとう…………ってちょっと! この愛、リサイクルショップで買ったでしょ!? ここほら、USEDのラベルが貼ってあるし」
「あ、あの……その……ごめん!! 新品はなかなか手が届かなくて。これでも給料6ヶ月分なんだよぅ!」
◇◇◇
もはや、本物の愛は簡単には手に入らない時代だ。
自然は破壊され、社会は効率だけを追い、感情表現すらAIが代行するようになった。人々は次第に心の豊かさを失っていった。
最初のうちは「そこに 愛はあるんか」なんて半分冗談で言っていたが、いつしか粗悪な愛や歪な愛、ニセモノの愛が溢れ、本物の愛は高値で取引されるようになった。
……と、ここで僕の話をさせて欲しい。
僕には両親の記憶が無い。
赤ん坊の時、児童養護施設の玄関前に捨てられていた僕は、そのまま施設で育った。
施設のマザー曰く、小さいダンボールには、おくるみに入った僕と、「いぶき、と言います。育ててあげてください」と書かれた紙だけが入っていたらしい。
施設には実に沢山の子供たちがいた。
マザーを始め、施設の大人たちは皆優しかったけれど、僕は常に寂しくて愛に飢えていた。
あれは小学校に上がったばかりの頃だった。
周りの子供たちには親がいるのに、自分にはいない。そのことがどうしようもなく寂しくて、近所のスーパーに愛を買いに行った。
当然、スーパーに売ってる訳もなかったのだが、当時の僕にとってお店と言えばそのスーパーしか頭になかった。
小さな僕の目の高さには、棚の商品が壁のように並んでいた。どこかに“愛”と書かれた棚があると思っていた。でも、いくら探しても見つからなかった。
なけなしの百円玉は、かたく握った手の中で汗ばんでいた。緊張で口元をへの字にしながら「愛をください」と言った僕を見て、レジ係のおばさんは目を丸くした。
「ごめんね。ここじゃ愛は買えないのよ。ぼく、お父さんとお母さんは?」
優しい声で聞いてくれたおばさんに「いないよ」と返すと、おばさんは僕のことをぎゅぅっと抱きしめてくれた。
とても温かくて、それまでに感じたことのない優しい気持ちになれた。それでも、おばさんと別れると、愛を買えなかった悲しさが急に込み上げてきて、泣きながら施設に帰った。
その時はそれが本当の愛だったかもしれないなんて、思いもしなかった。
◇◇◇
成長するにつれて、世の中のことが見えてくると、この社会では一部の人間しか愛を入手できないのだと知った。自分のような生い立ちでお金もないままだと、一生愛は手に入らない……。
僕は愛を作ることにした。
たくさん勉強して、研究を重ね、30歳の頃にとうとう愛を作ることに成功した。
同じ施設で育ち、それまで僕のことを支えてくれた響子に、出来上がったばかりの愛をプレゼントした。
響子はとても喜んでくれた。僕たちは結婚し、幸せな家庭を持つことができたが、それと同時に大切なものを失った。
それは名前だ。
愛を作るために一番大事な材料は、本物の愛そのものだった。
僕は、唯一持っていた愛、すなわち親からもらった名前を手放したのだ。
響子は言う。
「アイさん、あなたと一緒になれて本当に良かったです」
僕の名前はもう、思い出の中にしかない。
穏やかに微笑む響子を見ていると、胸がチクリと痛む。
「アイ博士! 早く愛を作ってください! 世界中の人々が待っています!!」
研究所の所員達が今日も騒いでいる。
わかっているさ。待っているみんなのために今日も愛を作ろう。
僕のおかげで再び世の中は愛で満たされた。
それなのに、僕のこの満たされない気持ちはなんだろう。
世界中に鳴り響く愛の音が、僕にはまだ聞こえない。
(本文 1542字)
こちらの作品をしーなさんが朗読くださいました!
素敵なお声でもお楽しみください🥰

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