これからの人生、グンゼと生きていくゼ
うちの父はその昔、祖父が営む衣料品店に勤めていた。服屋の息子と言うと、さぞかしお洒落さんだったと思われるかもしれないが、子供時代の写真のどれを見ても、お洒落やセンスを感じるものは1枚もない。
店が並ぶのは、大阪の十三という町の商店街だった。それこそ昔はションベン横丁と言われる飲み屋街が駅前にあって、駅の階段にはイヌかヒトのものか分からない茶色い落し物が落ちているような町だった。商店街は、まるで吉本新喜劇からそっくり移植したかのようなコテコテの仕上がりで、店には「誰が着るねん」と思わずツッコミたくなるようなヒョウやトラが大きくプリントされた服が並んでいた。そこへ買いに来るおばちゃん達はやっぱりヒョウやトラを身にまとい、おしなべてクルックルのアイロンパーマで、普段は京都の静かな田舎に住んでいる私にとってはただただ居心地の悪い場所だったのを覚えている。
どこを見てもガラ、柄、がらの店の中で、そこだけ真っ白な癒しの空間があった。肌着や下着のあるコーナーだ。当時はまだまだ下着と言えば白一択だった。しかも男はブリーフ。トランクスなんて落ち着かないぜ、という日本男児が多かったように思う。店にあるブリーフの中でも王様の顔をしているのが、グンゼの白いブリーフだった。国産で縫製がしっかりしていて、プロにも認められるメーカー、それがグンゼだった。ごちゃごちゃした店の中で白いブリーフは「グンゼ履こうゼ」ととびきりイケメンのウインクをしている気がした。
当然ながらうちの父もグンゼを愛用していた。夏の暑い日のホームウェアは、グンゼのランニングシャツに、グンゼのブリーフ。汗をかいても着心地は快適で、見た目はアレだったけど、服屋のプロも全幅の信頼を持って身につけていた。もちろん、私も選択の余地なくグンゼ着るゼだった。
そんな聖なる装備だったが、思春期を迎え、いつからか白い肌着を「恥ずかしい」と感じるようになっていた。白いということは汚れが目立つということだ。いつしか黄ばみを隠してくれるチェック柄やストライプ柄にあこがれを覚えるようになり、ブリーフの布面積では隠しきれない自我が己の中に育ってきていた。私は決めた。グンゼ脱ごうゼと。
あれから30年以上が経ち、すっかり頭からグンゼという存在が抜け落ちていた。気がつくと傍らには、穴の空いたユニクロのボクサーパンツが力なく横たわっている。あれだけ恥ずかしいと思っていた白のブリーフよりも、穴の空いたパンツの方がさらに恥ずかしいはずなのに。大人になる過程で大切な何かを忘れてきたのかもしれない。
そんな風に穴の空いた人生を落ちていくところを、ギリギリで救ってくれたのは妻だった。
妻が渡してくれたのは、まさかのグンゼの下着だった。随分見ない間に、グンゼはお洒落に進化していた。

昔は黒髪メガネで地味だった幼なじみの女の子。久しぶりに会ったら、綺麗なモデルさんみたいなオトナ女子になっていて、目を見て話せない感覚と同じだった。もう私の知っているグンゼではないかもしれない。私みたいな人間が、グンゼさんを履いてもいいんですか? 何故かパンツに気を使いながら、久しぶりに履いてみると、すぅっと肌に馴染む質の良さは健在で、安心のグンゼさんだった。
「久しぶりだな。待ってたゼ」
グンゼさんは相変わらずとびきりイケメンなウインクを2回すると、こんなのもあるゼと出てきたのがこれだった。
ストレッチというだけあって、フィット感がとても良い。化繊は抵抗があったけど、肌触りは悪くないし、薄くて軽い割には意外と暖かい。洗ってもシワになりにくいのが嬉しく感じるところに自身の成熟を感じる。
また、最近のボトムは裾上げしないと裃の袴のように布が余って仕方ないのだが(誰だ笑っているのは)、これは長さも丁度いい。昭和生まれに優しい。
ポケットが深くて中に入れたものが落ちにくい。そして何より価格がリーズナブル。
試しに二本買ってみたが、あまりに良かったのでもう一本追加した。
ついでにジャケットも新調した。
正直、ここ数年満足の行く服に出会えていなかった。若い時はデザイン重視で愛用していたブランドもいくつかあったが、年齢を重ねるにつれていつしか似合わなくなっていた。
もうベーシックなものでいいや、と無印やユニクロに走るようになったが、悪くはないけどときめかない。
かといって、ハイブランドは今の生活では手が出ない。
気が付くと服を買うこと自体、もういいや、と投げやりになっていたが、まさかのグンゼさんが全て解決してくれるなんて。
グンゼと再会したこの冬。ここからちゃんとしたパンツで生き直すんだゼ。

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