赤い髪飾り (ショートショート)
「(落し物を探してるんですけど……)」
蚊の鳴くような声、とはよく言ったもので、まさに今にも消えそうな小さな声が聞こえた。
ふと視線をあげると、窓口に高校生くらいの女子生徒が立っていた。
◇◇◇
ここは京都の北はずれにある小さな古い駅舎。
新人研修を終えて赴任したのは、無人駅かと思うほどの小さな駅だった。
実はここは、ぼくの生まれ故郷だ。前任者が抜けて空いた穴を、埋める形で赴任したことになる。
働いているのは、父親よりもさらに年上世代の駅長さんと自分のたった2人。人手は少ないが、毎日の利用客も数える程しかいないから大きな問題はない。
本社の人事からは、慣れた土地でまずは1、2年経験を積んでから、大きな駅で働けばいいと言われている。
でも、この駅長もそろそろ定年だろう。そうなったら、自分がここを引き継ぐのではないか。
この町を出たくて東京の大学に行ったのに、結局戻ってきてしまった。この2週間ずっとモヤモヤしている。
ぼーっと考えていたら、突然声をかけられて驚いた。
◇◇◇
「どんな落し物ですか?」
「(赤い……お花のついた髪飾りです……)」
「少し待ってくださいね? 今見てきますから」
駅員室の奥にあるダンボール。
そもそも落し物なんてほとんど入っていない。
見れば何があるかはすぐ分かる。赤い髪飾りは……残念ながら見当たらなかった。
書いてもらう届けの紙を持って窓口に戻ると、女子生徒の姿はもうなかった。
なんだよ、と思ったが、そう言えばあの子、どこかで会ったことがある気がする。毎日の利用客の1人だろうか。
少し気になったが、3日もしないうちに、そのこともすっかり忘れていた。
◇◇◇
駅長に仕事を教えてもらいながら、穏やかな日々が過ぎる。毎日同じ顔ぶれが同じ時間に利用する。変化のない日々を過ごすうちに、あっという間に1ヶ月が過ぎた。
その日は、まだ5月末だというのに、夏かと思うくらい暑い日だった。湿度が高く、ひと雨くるかもな、と空を見上げる。
真っ青な広い空に、もくもくと大きな雲がこっちを見下ろしていた。
ふと駅のホームにあるベンチを見ると、例の落し物の女子生徒が座っているのに気が付いた。
白のブラウスに紺のスカート。差し色に目立つ赤のスカーフ。
そう言えば、あれから見かけなかったけれど、地元の子じゃないのかな?いやいや、地元の人以外にこの駅を利用する客がいるとは思えない。
「きみ……」
と声をかけようとして気が付く。
顔色がとても悪い。青白く血の気のないその顔はまるで蝋人形のようだ。
「え?大丈夫?」
話しかけても反応がなく、ぐったりと下を向いて座っている。
「ちょ、ちょっと待っててな」
改札横にある自販機に、水を買いに走った。
慌てて戻ると、またあの女子生徒はいなかった。
あんなに、つらそうだったのに……。
「おっかしいなぁ」
駅舎に戻って駅長さんにその話をすると、不思議そうな顔をしている。
「ぼく、何か変なこと言いましたか?」
「いやぁ、今、赤いスカーフって言ったやろ?そりゃおかしいわ」
「え、なんでですか?」
要領を得ず聞き返すと、駅長さんは神妙な顔でこう言った。
「だって、赤いスカーフの制服は10年くらい前に無くなってるで」
「え? ぼくの時、スカーフは赤でしたよ?」
「あぁ、今はそもそもブラウスちごてポロシャツなってるんやわ。セーラー服ってのも時代じゃないんかもなぁ」
そう言われると、確かに毎日見る学生達は皆ポロシャツ姿だった。
となると、あの女子生徒はいったい……。
さっきベンチに座っていた彼女の姿を頭に思い浮かべると、だんだんと昔の記憶が蘇ってきた。
◇◇◇
中学生の頃、近所にはマリエさんというお姉さんが住んでいた。
マリエさんは、3つ上の高校生で、通学路の途中にマリエさんの家があった。
家からピアノの音が聞こえることがあり、たまに立ち止まっては、その音色に耳を傾けるのが楽しみになっていた。
ある日、いつものようにピアノを聴いていると、ピアノの音が止んだ。
すると、部屋のカーテンが少し開いて、窓から女の子がこちらをのぞいている。
だいぶ気まずかったが、完全に目が合ったので、とりあえず会釈だけして足早にその場を立ち去った。
ドキドキしていた。
思いのほか、女の子が綺麗だったからだ。
肩まで伸びる長い髪に、テレビのタレントかと思うくらい小さな顔。顔立ちはどこか日本人離れして、色白で、まるで西洋人形のようだった。
周りにいる、がちゃがちゃした女子たちとは全く違う。
その日から、その女の子のことが気になって仕方がなかった。
また会いたいと思って、毎日家の前を通っていたが、ピアノの音色は時折聞こえるものの、あれからカーテンが開くことはなかった。
ある日、母親が体調を崩して、町で唯一の総合病院に付き添いで行った。
待合室で会計が終わるのを待っていると、目の前にあの女の子が現れたのだ。
近くでみると、一層美しさが際立って、女の子の周りだけ輝いているかのように見えた。
ぼくは今しかないと思って、勇気をだして話しかけた。
「あ、あの! ピアノいつも聞いてます」
今思えば気持ち悪いやつだ。
見知らぬ中坊に突然、ピアノをいつも聞いてるなんて言われてビックリしただろう。
それでも笑顔で「ありがとう」と返してくれた。
数秒の沈黙に耐えきれず「あ、あの、お名前は?」という言葉が口からこぼれていた。
「え?」
一瞬、怪訝な顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻って「マリエよ」と教えてくれた。
ほんとに話すことがなくて、名前と、高校2年生だということと、持病があって病院に通っていることを聞くので精一杯だった。
もっと話したかったが、母の会計が終わったので、やむなくそのまま帰宅した。
◇◇
中学2年のクリスマス、ぼくはマリエさんにプレゼントをすることにした。
当時は女の子に何を贈ればいいかなんて、分からなかった。母に何が欲しいか聞いたら、赤い髪飾りが欲しいと言う。
結局、同じものを2つ買って1つは母にあげた。
期せずしてうちの母とお揃いになった赤い髪飾りを持って、マリエさんの家へドキドキしながら向かった。
玄関のインターホンを押すと、すぐにマリエさん本人が出てきた。
心の準備ができないうちに対面となったので、とにかく髪飾りを渡して、逃げるように家に帰った。
そしてその年の年末、突然逃げるようにマリエさん家族はどこかへ引っ越してしまった。
別れの挨拶もなく、髪飾りを気に入ってくれたのかも分からないうちに、マリエさんはいなくなってしまった。
しばらくして風の噂で、マリエさんの体調が悪くて大きな病院のある街に引っ越した、という話を聞いたが、もはや確かめるすべもなかった。
◇◇◇
どうして忘れていたのだろう。
あの女子生徒はマリエさんだ。
かつてぼくが勝手に好意を寄せていたマリエさん。
ピアノが上手で、お人形さんのように白くて綺麗だったマリエさん。
あの頃と全く変わらない姿のマリエさん……。
5月末なのに、夏のように暑かったその日。
ホームのベンチに座るぼくの頭の中には、あの時のピアノの音がずっと流れ続けていた。
今回も参加しました。
ナルさん、いつも感想ありがとうございます☺️
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