コニシさんへ。
人生で初めて作ったZINEはオジサンと共作のおZINEでした。
歳は一緒。なんなら誕生日も4日しか違わない。お互い好きなように書き合って仲良く1冊に納めたんだから、本当は相棒と呼びたい気持ちもあります。だけどまだナチュラルに敬語を使ってしまうし、尊敬している気持ちは変わらない。
だから、いつも通りコニシさんと呼ばせてもらいますね。
これはこの歳で出会った友達以上相棒未満のコニシさんに送る私信です。
初めてコニシさんの存在を知った時の第一印象は、よく分からないカリスマキノコでした。
2年前にnoteの街へやってきて、時折見かける「なんのはなしですか」というフレーズ。
そのタグが付いた記事はどれも自由でくだらなくて明らかに異質な世界でした。
教科書や論文、議事録に報告書。そんな堅い文章に慣れ親しんでいた私にとって、「なんのはなしですか」と叫ぶ人たちはとても刺激的で、正直とても羨ましかった。
息苦しいリアルな世界と対照的に、イキイキとわけのわからないことを書いている人たちを見ていると、その輪に入ってみたいという気持ちが日に日に大きくなっていました。
その中心にいたのがコニシ木の子、あなたでした。
「なんのはなしですか」の言葉の元に集まる人たちはそのコミュニティを「路地裏」と呼んでいました。
noteの表通りでは言えないくだらないことを自由に書ける場所。
路地裏では、きのこたけのこ戦争が勃発したり、コニシさんの正体は冬虫夏草だと噂が流れたり、やっぱり今思い出してもなんのはなしか分からない話題で毎日盛り上がっていました。
コニシさんはその中心でただ一人テンションを上げることもなく、自分が一番まともですというすました顔で微笑んでいる。それなのに首には蛇を巻いている。
よく知らない私でも、コニシさんが一番やべぇ人だというのはなんとなく分かりました。
とにかく怪しいけど気になる人──それがコニシさんの第一印象。
「いつでもどうぞ」と言う割に怪しさ満点なので、どんな罠が仕掛けられているのかとビクビクしながら路地裏に飛び込んだのも懐かしいです。
初めて私がタグを使った時のコメント覚えてますか?

他の人の初めましてのコメントは、間違いじゃないですか?回収してよろしいですか?みたいな丁寧な長文なのに、改めて見返したら思いのほか淡白で笑えました。
でもこの後に記事でもらったコメントはとにかく嬉しかったです。

このときコニシさんが記事の最後に書いていた言葉が凄かったので、ここに引用させて下さい。
私は一通目に書いた通り、本当に「ジャンル」になると思っています。そのつもりで動いています。ここまで一緒に楽しんで創作してくれている人達に何の感謝も示せてませんが、私なりにまとめるつもりです。
積み重ねると起きてきている変化として感じるのは、自分の使いたいように変化させること、一緒に組んで何かやってみること、繋がりが出来てきてること、楽しんでくれている人。それぞれが当たり前になってきていることです。
これだけ大きいnoteの街でそれぞれのジャンル関係なく集まってきています。信じられないです。
これ、全てたった一言の言葉の力です。
辞めてしまおうか迷っている人が「なんのはなしですか」使ってみたり、ここにいる「おかしな人達」の記事を読みながら笑って辞めないでいてくれたらと思います。
私自身に拡散力はないのですが、私以外の皆様が面白いことを書くから伝播していっています。正直、楽しんでくれている人の倍、疎まれていると思っていますが、自分で面白くすると決めて、自分が望んだ楽しさに近付いているので、一切引きません。
「なんのはなしです課」通信
明澄な八通目より抜粋
これをコニシさんが書いたのが2024年の5月。
今から約二年前です。
どうですか?ご自分で読んでみてどう感じますか?
私は泣きました。
今でこそ、本当にジャンルになるかもしれないと皆少しずつ感じられるところまで来ました。
タグのついたnote記事が2万件超えてますからね。これを一人でやってるのは本当におかしいと思います。
この状況をコニシさんが最初から見通していたとしたら、まさに先行きが明澄に見えていたのかな、と思わせますが、本当はそんなことないですよね。
初期の頃なんてコニシさん以外の誰も「なんのはなしですか」がここまで大きくなるとは思ってなかったでしょう。それでも言葉の力を信じてひたすら同じことをやり続けてきたコニシさん。
なんて芯の強い人なんだろうと思います。
44年生きてきて、これまで色んな出会いがありました。私の人生の転機になった出会いはそんなに多くないですが、どの人もブレない信念を持った人だったと思います。
もちろんコニシさんもその1人です。
もう何も起こらないと思っていた人生が、コニシさんと出会って遊んでいるうちに、とんでもなく揺れ始めて今ではどこに吹っ飛んでいくのか分からないです。どうしてくれるんですか。
でも、心から言いたいです。
ありがとうございます。
お陰様で「生きてる」って実感してます。
朝起きても退屈な1日が始まりません。今日はどんな「なんのはなしかわからない」できごとに出会えるかワクワクしかありません。
コニシさんと何度か会ううちに分かったことがあります。
きっと誰よりも痛い思いをして、絶望も繰り返して、それでもギリギリのところで踏ん張ってきた人だと。その踏ん張りの支えが「なんのはなしですか」と受け流すことだったんだろうな、と。
今日も失敗をしてしまった。
──なんのはなしですか。
誰もおれのことをわかってくれない。
──なんのはなしですか。
また最初からやり直しか。
──なんのはなしですか。
誰よりもその言葉の力を信じているのは、その言葉に一番救われてきたのがコニシさん自身だからではないか。
今でこそこの大地にどっしりと突き刺さって揺るがない「碇」のようなコニシさんですが、ここに至るまでに誰よりも傷付き、その度に「なんのはなしですか」と言って生きる力に変えてきたのではないか。
初めて横浜で会って握手をした時、その手の分厚さと温もりから、コニシさんの人生の重みが伝わってきた気がしました。
世界を変える人って、生まれつきの革命家じゃないと思うんです。
小さな成功を何度も重ねた人が、気付いたら大きな壁を壊している。そう思います。
コニシさんが「今いる世界がおもしろくないなら、おもしろい世界を作ればいいじゃん」と自分の世界を広げ突き進んでいるのも、やっぱり全て「なんのはなしですか」の言葉で壁をぶっ壊し続けてきたおかげなんだろうと感じています。
だからこそ、自分の力ではこの世界を変えられないし、新しい世界を作ることなんてできない私みたいな人が、コニシさんに希望を見て集まるんでしょうね。
この夢は最高です。
そして夢は幻じゃなくて、現実の世界も変えようとしています。
コニシさんが開業したとき、さらっと事後報告だったことに少し寂しさを感じたんですよね。
「いやいや、そんな人の人生背負えないよ」とコニシさんは言うに決まってますけど、どこかで「イソノ、野球やろーぜ」くらいのノリで「マイトン、一緒に会社やろーぜ」と言われるのを期待していたのかもしれない。
それは、いつの間にか私自身が「なんのはなしですか」の言葉に沢山救われてきたから。この言葉の力を信じる1人になって、もっと広めたいと思うようになったからです。
敢えてこの記事でコニシさんに対して想いを伝えようと思ったのは、感謝の気持ちと覚悟です。
きっとこれから、大変な局面が色々と起こると思います。謝罪会見だと笑って過ごせないこともあるだろうし、いくらリスペクトするコニシさんでも、個人に対する想いだけでは乗り切れないことが出てくると思うのです。
だからこそ、何のために私が動くのかは明言しておきたかった。
私も「なんのはなしですか」の言葉の力を信じています。この気持ちが揺るがないことを自分なりに確認できました。
だから、この言葉を広めるためなら、「なんのはなしですか」という文芸ジャンルをつくるお手伝いができるなら、どこまででも一緒に壁をぶち壊していこうと思います。
感謝と覚悟と「大号泣」と。
2026年3月10日。
えむのマイトン

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