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なぜ女性向けセックスノウハウは息苦しいのか

女性向けのセックスノウハウを読んでいて、
「なるほど」と腑に落ちたことが、ほとんどない。

テクニックの話が苦手なわけでも、
性の話を避けたいわけでもない。

むしろ私は、
男性向けには「セックスが上手くなる」というテーマで、
いくつも文章を書いてきた側だ。

それなのに、
女性向けに同じ言葉が使われた瞬間、
どこかで思考が止まる。

──あれ?
これ、本当に“上手くなる”話なんだろうか。

最初は、
自分の受け取り方の問題だと思った。

女だから偏っているのかもしれない。
性差別的に聞こえているだけかもしれない。
中立じゃないのかもしれない。

だから一度、
その違和感を横に置いて、
構造として考えてみることにした。

すると見えてきたのは、
女性向けセックスノウハウの多くが前提にしている
ある“共通の設計”だった。


女性向けセックスノウハウが前提にしているもの

多くの女性向けセックスノウハウが提示しているのは、だいたい次のような内容だ。

  • 男性を満足させる方法

  • 愛されるための振る舞い

  • 求められる女になるには

つまり、

自分を調整し、相手基準で評価されにいく構造

セックスという、
いちばん壊れやすく、いちばん嘘が効かない領域で、
「演じること」「頑張ること」「上手くやること」を正解にしている。

ここに、強烈な違和感があった。


「同じことを男女に言わないのは差別なのか?」

私は一度、本気で考えた。

「男性には“上手くなれ”と言っているのに、
女性には言えないのは、差別なんじゃないか?」

でも結論は逆だった。

これは差別ではなく、
非対称な構造を無視しないという判断だった。

男性と女性は、

  • 精神構造も

  • 肉体構造も

  • 歴史的に刷り込まれてきた役割も

まったく同じではない。

女性はすでに、

  • 空気を読む

  • 相手に合わせる

  • 自分を後回しにする

という訓練を、嫌というほど受けてきた。

その状態で「もっと上手くなれ」と言うことは、
成長を促すどころか、自己消失を加速させる

一方で、男性に「上手くなれ」と言うとき、
それは多くの場合、

  • 独りよがりになるな

  • 相手の体感を見ろ

  • 自分の欲を相手に預けるな

というブレーキとして機能する。

同じ言葉でも、かかる方向が真逆なのだ。


男が下手だから、で終わらせない理由

私は、
「男が下手だから満たされない」と言う女性にも、
あえて釘を刺した記事を別に書いている。

それは女性を責めるためではない。

その言葉の裏には、

  • 私は選んでいない

  • 私は主体じゃない

  • 私は被害者だ

という構造が潜んでしまうからだ。

それは一見、守られているようで、
実は自分の力を放棄する構図でもある。

「何食べたい?」と聞かれて、
「美味しいところに連れてって♡」とだけ言うのと同じ。

判断も責任も相手に預けて、
結果だけに文句を言う。

セックスでも、同じことが起きている。


点呼タイプと、返報性が起きない理由

セックスについて指摘したとき、
男性から返ってきがちな言葉がある。

「俺はちゃんとやってる」
「なのに、女性がやってくれない」

この反論が出てくるとき、
だいたい中身は点呼だ。

  • 触った✔

  • 聞いた✔

  • 一通りやった✔

はい、終了。

でも問題は、
現実時間と体感時間が一致していないこと

女性が見ているのは、

  • 今、安心できているか

  • 力が抜けているか

  • 存在として扱われているか

量でも工程でもない。

そして、人は本来、
満たされたら自然に返したくなる

返報性は、要求や評価では起きない。

「なんでやってくれないの?」と感じるとき、
それは相手が冷たいからではなく、
先に満たす工程が足りていないだけだ。


結論:書けないのではなく、書かない

だから私は、
女性向けに「セックスが上手くなる方法」を書かない。

それは逃げでも、偏りでもない。

私が書きたいのは、

  • どうすれば上手くなるか
    ではなく

  • なぜ上手くなろうとする発想自体がズレているのか

その構造だからだ。


あなたへ

セックスは、
評価されるための行為でも、
上達を競う課題でもない。

もし、
女性向けのセックスノウハウを読んでいて、
どこか息苦しさや違和感を感じてきたなら。

それは、あなたが未熟だからでも、
頑張りが足りないからでもない。

ただ、
自分の体感よりも、外側の正解を優先する構造に、
身体や感覚がついていかなかっただけだ。



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