不倫の罪悪感に酔う人の「しずかちゃん構造」──“いい人ポジション”の心理構造
SNSを見ていると、こんな言葉を目にします。
「不倫してて罪悪感で苦しいんです…」
その言葉に、私は少しだけ違和感を覚えます。
なぜなら——
そこには“本当に苦しんでいる人の声”とは、少し違う匂いがあるからです。
これは、不倫の是非を裁く記事ではありません。
誰かを断罪するための文章でもありません。
扱うのは、もっと静かなもの。
人が無意識に選んでしまう「立ち位置の構造」です。
罪悪感を感じること自体は自然なこと。
けど、罪悪感という言葉の裏に、
どんなポジション取りが潜んでいるのか。
そしてその構造は、
不倫だけでなく、私たちの日常にもどう入り込んでいるのか。
もしかしたらあなたも、
罪悪感に揺れながら、
それでもどこかで「まだ私は悪い人じゃない」と
自分を守ろうとしているかもしれない。
私はこの構造を
“しずかちゃん構造”と呼んでいます。
その構造を、一度だけ静かに見てみませんか。
この言葉にある心理構造
このセリフを言う人は、ただ気持ちを吐き出しているつもりかもしれません。
けれど聞いている側からすると、こう言ってほしいのでしょうか?
「そうなんだ。不倫って悪いことだけど、あなたはちゃんと悪いと理解しているいい人なのね。他の不倫者とは違うのね。そんなあなたなら、不倫しているのも環境や周りのせい。あなたは悪くない。大丈夫。」
──つまり、罪悪感を口にすることで「私はいい人」という承認を得たいだけ。
これは保身であり、自己陶酔なのかもしれません。
私はこれを 「しずかちゃん構造」 と呼んでいます。
しずかちゃん構造とは
ドラえもんに登場するしずかちゃんも同じ構造を持っています。
ジャイアンやスネ夫を悪く言いながら、結局ちゃっかりクルザー旅行に行く。
そのうえで「のび太さん、かわいそう。ごめんね」と口にする。
本当に仲間外れが悪いと思うなら、旅行に行かなければいい。
でも実際には、のび太に「可哀そう」というレッテルを貼り、自分は「優等生」の立場を保っているのです。
この矛盾した優等生ポジションこそ、罪悪感を演じる人の構造そのもの。
「私はちゃんと反省できるいい人」というキャラを維持するために、“ごめんね”を利用しているにすぎません。
不倫にあてはめると
上記の構造を分かりやすく、不倫にあてはめます。
ジャイアン、スネ夫=一般的な不倫をしている人
のび太=不倫されたパートナー
しずかちゃん=「罪悪感で苦しい」と言う不倫当事者
この構図にすると、セリフはこう分解できます。
「私は他の不倫をしている人とは違うんです。なぜなら、罪悪感を抱ける“いい人”だから。不倫されているパートナーは可哀そうな人ですよね。ごめんなさい。」
──自分を美化しているように見えませんか。
他に色んな事情がある中不倫をしている人を悪者にし、自分のパートナーを可哀そうな人に陥れ、自分はいい人だとのし上がっている。
本来の視点
そもそも「不倫=悪」ではありません。
そして「不倫された人=可哀そうな人」でもありません。
世間では「サレタ」という言葉が出回っていますが、その裏には強い被害者意識が潜んでいます。
私はそこにも懸念を抱いています。
こちらに詳細書きました👇
覚悟ある人は罪悪感を口にしない
「私は苦しい」「悪いと分かってる」──そう言えば、自分が“まだマシ”に見える気がするのかもしれません。
でもそれは反省でも誠実さでもなく、ただの自己陶酔なのかもしれません。
誰を好きになるか、どんな関係を選ぶかは自由。
ただし選んだ以上は、自分の人生として引き受ければいい。
本当に覚悟を持っている人は、罪悪感を免罪符にしない。わざわざ口にもしないのです。
罪悪感を感じている方へ
罪悪感を感じている自分=いい人。
一度見直してみませんか。
罪悪感は、自分を美化するための衣装じゃありません。
世間には優しい顔をした言葉が溢れていますが、私は根本から問題を見つめ直す必要があると感じています。
だからこそ、あえて厳しい言葉でお伝えしています。
あなたが“しずかちゃん構造”を演じている姿をどう感じるか。
──けれど裏を返せば、衣装を脱ぎ捨てたその瞬間にしか出会えない“あなた自身”がいる。
そのとき初めて、罪悪感ではなく自由の中で生きていけるのです。
あなたへ
罪悪感を抱くことが悪いのではありません。
でも、
「罪悪感を抱いている私はまだマシ」
という立場にしがみつくとき、
人は本当の自由から遠ざかります。
不倫だけではない。
仕事でも、恋愛でも、人間関係でも、
私たちは無意識のうちに、
「いい人でいたい」
「悪者にはなりたくない」
「被害者でいた方が安全」
そんなポジションを選びながら関係性を築いています。
でも——
その立ち位置のままでは、
本当の自由には辿り着けません。
もし今、
✔ なぜ同じパターンを繰り返すのか分からない
✔ 罪悪感や被害者意識から抜け出せない
✔ 本音と建前がズレている感覚がある
✔ 「いい人」でいることに疲れている
そんな違和感があるなら、
それは“責めるタイミング”ではなく
“観測するタイミング”です。
その構造に気づいた瞬間、
問題は“解決”ではなく“終了”に向かいます。
私はwithchatで、正しさや道徳ではなく、
あなたが無意識に選んでいる
「立ち位置の構造」を観測します。
裁かない。慰めない。
ただ、見えるようにする。
見えたとき、人は自由になります。
もし今、
自分の中に引っかかりがあるなら。
それは、変化の入口かもしれません。
🪞もしあなたが、
・ちゃんと考えているのに、結果につながらない
・人生それなりにうまくいっているのに、どこか満たされない
・恋愛で同じパターンを繰り返してしまう
ひとつでも当てはまるなら──
それは、知識不足でも、
“性格”や“能力”の問題でもありません。
このnoteでは、
✔ なぜ同じ悩みに戻ってしまうのか
✔ なぜ「分かっているのに変わらない」のか
✔ 判断の位置を変えると何が起きるのか
を、構造として言語化しています。
読み終えたとき、「何を基準に判断しているか」が見えるはずです。
同じ場所で悩み続けるのは、ここで終わりにしましょう。
