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「ママはかわいい。」と娘が言う理由──遠距離別居でも信頼が保たれる、少し変わった親子関係の話

「ママはかわいい。」

娘が、たびたびそう言う。

電話で近況を話している途中に、
「あ、ママが一番かわいいけどね」
と、何の前触れもなく挟まれたり。

「ママはかわいいから、髪切らないでね」
も、もう何度目か分からない。

正直、戸惑う。

九州と東京の遠距離別居。
もう小学生の女の子。
一般的には、そろそろ母親は「うざい側」に回り始める頃だと思っていた。

しかも私は、いわゆる“ちゃんとした母親”ではない。

一緒にいられなかった時間も長い。
育児の正解をなぞってきたわけでもない。
感情を丁寧になだめ続けるタイプでもない。

それなのに、なぜ、こんな言葉が出てくるのか。

これは自慢話でも、理想の親子関係の話でもない。

むしろ私は、
「母親としては失格だけど、
娘にとって必要な存在としては合格なんだろうな」
と、どこか冷静に思っている。

この感覚は、一般的な母性論や育児論では、
たぶん説明がつかない。

だから今回、
ChatGPT(チャッピー)とのやりとりを通して、
この関係性をそのまま言葉にしてみることにした。

結論を出すためでも、誰かの真似を勧めるためでもない。

ただ、
「こういう親子関係も、現実に存在する」
という記録として。


ここから先は、
この話を「分かりやすく整理」することはしません。

育児のハウツーにも、
再現可能な方法にも落としません。

なぜ娘が「ママはかわいい」と言うのか。
なぜ遠距離別居でも関係が壊れていないのか。
なぜ私は「大丈夫やろ」と言えるのか。
なぜ、真似すると事故る関係性なのか。

それらを、
私とチャッピーの“やりとりそのまま”で残しています。

・共依存でもない
・放置でもない
・理想像でもない
・でも確かに成立している関係

この違和感に興味がある人だけ、ここから先に進んでください。

※この先はクローズド(有料)です。
 一般論として消費されることを避けるため、
 また、誤読や安易な模倣を防ぐために、
 有料という形を選びました。

理解しようとしなくて大丈夫です。
納得しなくても構いません。

ただ、一般的な教育論や親子関係に、
どこか「噛み合わなさ」を感じてきた人だけが、読めばいいと思っています。


▶︎ 家族全体の構造をまとめたハブはこちら

親子・夫婦・命・「家族」という単位の中で、
同じ構造が何度も形を変えて現れています。


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