与謝野晶子は、なぜ『やりすぎ』だったのか
NHKの『先人たちの底力 知恵泉』で、
与謝野晶子を扱っていた。
私は正直、文学に詳しいわけではない。
国語の授業で
「みだれ髪」
という単語を覚えたくらいだ。
だから最初は、
「与謝野晶子って、近代的な人だったんだな」
くらいの感覚で見ていた。
でも途中から、
この人は一体どこまで見えていた人なんだろう、
という見方に変わっていった。
あ、ちゃんと“境地”って言葉を使うんだ
番組の中で、
文化学院設立時のこんな文章が紹介されていた。
「将来私たちの文化学院から如何なる女子を出すであろうかといえば、中学部を卒業してそれで止めるにせよ、進んで大学部を卒業するにせよ、個人として、何かきっと、一つの創造的な長所を持っていて、功利的な打算を超えた、高い、清い、正しい境地において、自分みずからそれを楽むことが出来ます。」
個人。
創造。
功利を超える。
ここまでは、すごく分かる。
でも私は、
「高い、清い、正しい境地」
という言葉に引っかかった。
あ、ちゃんと“境地”って言葉を使うんだ。
正直、
創造って、むしろ“はみ出し”から生まれることも多いと思っている。
正しくない感情。
常識からズレた視点。
言いすぎ。
やりすぎ。
そういうものから、
新しいものが生まれることって、普通にあるからだ。
「やりすぎ」と言われる側の感覚
実際、番組の中でも、
与謝野晶子は当時「異端」と言われ、
批判もかなり受けていたらしい。
しかも印象的だったのが、
「今を突破するには、やりすぎるくらいでないといけない」
みたいな話が出ていたことだった。
私は昔から、
普通にしていても
「やりすぎ」
「言いすぎ」
と言われることが多い。
でも、自分では、
わざと過激にしている感覚がない。
ただ、見えてしまったものを、
そのまま言ってしまう感じだ。
もちろん、
「今そこまで言わなくてもよかったかも」
と思うことはある。
でも、感覚としては繋がって見えているから、
削る方が不自然なのだ。
これは“翻訳”なんじゃないか
だから最初、
与謝野晶子の「境地」という言葉を見た時、
「あれ、この人、意外とちゃんと枠の中なのかな?」
とも少し思った。
でも、しばらく考えていて、
逆にこう感じた。
これは“翻訳”なんじゃないか。
与謝野晶子は、
日露戦争の時代に、
出征した弟を思って、
君死にたまふことなかれ
という反戦詩を発表している。
当時の「国のために死ぬこと」が
美徳とされる空気の中で、
「あなたは死んではいけない」
と世に出した。
かなり“やりすぎ”と見なされたはずだ。
だから私は、
この人が本気で
「正しい枠の中だけで創造しなさい」
と言いたかったとは、
どうしても思えなかった。
当時、女性教育や個性を重視すること自体、
かなり危うい時代だったはずだ。
その中で、
「個性を持ちなさい」
「創造しなさい」
「自分自身を生きなさい」
だけをそのまま出せば、
危険思想として跳ね返される。
だから、
「高く、清く、正しい方向ですから」
という“通行証”をつけたのではないか。
門限守るんだから、
カラオケくらいいいでしょ、
みたいな感じで。
つまり晶子は、
その“通行証”を本気で信じていたというより、
時代に通すために使っていたのかもしれない。
この人は、どこまで見ていたんだろう
与謝野晶子は、
「やりすぎろ」
と言いたかったわけではなく、
“周囲が『やりすぎ』とラベルを貼っても、自分の感覚まで消すな”
を見ていたのかもしれない。
やりすぎたから突破した、というより。
自分の感覚を削らなかった結果、
周囲からは“やりすぎ”に見えた。
私は番組を見ながら、
ずっと、
「この人は、どこまで見ていたんだろう」
を考えていた。
そして多分、
時代を動かす人って、
全部を真正面から壊す人だけではない。
社会に通る言葉を使いながら、
少しずつ、
見える範囲を広げていく人なのかもしれない。
