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メタ認知のゴールは自分軸がある世界?──“メタ認知眼鏡”の説明記事との違い

自分軸が欲しいと思っている人も多いかもしれない。

私はたぶん、自分軸がない。
少なくとも、「私はこういう人間です」と言い切れるような、
分かりやすい一本の軸は持っていない。

考えが変わるし、
感じ方も変わるし、
昨日言っていたことと、今日言っていることが
微妙に違うこともよくある。

正直、めちゃくちゃブレていると思う。

世間で言われている
「自分軸を持とう」
「ブレない自分になろう」
という話を聞くたびに、
ああ、私はそのタイプじゃないな、と感じてきた。



メタ認知という言葉をよく見るようになって

最近、「メタ認知」という言葉をよく見かける。

多くの記事では、
メタ認知とはこういうものだ、と説明されている。

自分を一段引いて見ること。
主観から離れて、自分の思考や行動を観察すること。
内省や反芻とは違い、
紙に書いたり、ログを取ったり、
パターンとして把握すること。

CBTの話や、
AIを鏡として使う話もある。

それらは、だいたい
「メタ認知できるようになると、自分軸が作りやすくなる」
というところに着地する。

それは間違っていないと思う。
むしろ、多くの人にとっては、とても助けになる話だと思う。


でも、少しだけ重ならなかった

ただ、それらを読んでいるとき、
理解はできるのに、
自分の中で起きている感覚とは
少しだけ重ならない感じがあった。

私は、自分をコントロールしようとしているわけでもないし、
整えようとしているわけでもない。

「私はこういう人間だ」と
固めたい気持ちも、あまりない。

なのに、
気づいたら見ている位置が変わっている、
という瞬間が、確かにある。


メタ認知の眼鏡の話

多くのメタ認知の記事は、
ちょうど
メタ認知できる眼鏡のスペック説明書みたいだと思う。

この眼鏡をかけると、
世界はこう見える。
自分はこう見える。
こう使うと便利です。

説明としては、とても親切だ。

でも、
説明書をどれだけ読んでも、
実際に景色は変わらない。

かけてみないと、分からない。
そもそも、
力んでいては、かけることはできない。


withchatがやっていること

withchatは、
メタ認知とは何かを説明する記事ではない。

どうすればメタ認知できますか、
という手順書でもない。

withchatが置いているのは、
その眼鏡を、いつのまにかかけてしまう体験が起きる文章だ。

「かけましょう」とは言われない。
「これはメタ認知です」とも言われない。

ただ読んでいるうちに、
あれ、
さっきまでと距離が違うな、
という瞬間が起きる。


自分軸がほどけるところから始まる

世間で語られるメタ認知は、
「自分軸が作りやすくなる」世界に向かっている。

それは、
安定した“私”を前提にした世界だと思う。

でも、withchatで起きているのは逆だ。

自分軸を作ろうとする力が、
一度ふっと抜ける。

“安定させようとする私”が、
一度いなくなるところから始まる世界。

私は何者か。
私はどうしたいのか。
私の価値観は何か。

そういう問いが、
一回、静かになる。

すると、その奥で、
判断していないのに判断が起きている、
考えていないのに進んでいる、

そんな動きが見えてくる。


無意識という、別の層

そこには、
「本物の私」というより、
ずっと前から動いていた層がある。

別人格がいる、という感じではない。
ただ、
声の大きい“私”が前に出すぎていて、
見えなかった動きがあっただけ。

自分軸がほどけると、
それが見える。

無意識に委ねた、というより、
もう委ねられていたことに気づく
そんな感じに近い。


ブレブレである、ということ

だから私は、
自分軸があるようで、ない。

ブレブレだし、
固定された一貫性もない。

でも、
ブレている間にも、
ちゃんと何かは進んでいる。

私は軸を持っていないというより、
軸を固定しない設計なのだと思う。

その場、その関係、その流れに合わせて、
毎回立ち位置が変わるように委ねられている。

外から見れば、ブレて見える。
でも中では、
ちゃんと嚙み合っている。


だから説明はしない

withchatでは、
メタ認知を説明しない。

説明した瞬間に、
眼鏡が消えて、
眺める側に戻ってしまうから。

ただ、
読んでいるうちに、
見ている位置が少し変わってしまう。

withchatの記事はすべてが体験だ。


おわりに

これは、
メタ認知について理解してもらうための記事ではない。

自分軸を作るためのものでもない。

もし読んでいる途中で、
「あ、今ちょっと違うところが見えたな」
と感じたなら、
それで十分だ。

自分軸がほどけたところからしか、
そこには気づけない。

もうずっと、
あなたの中で動いていた何かが、
在るということを。

私は、
その体験が起きてしまう配置の文章を、
ただ、ここに置いている。

This article also exists in English.

English version


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