アルゴナビスは初恋だった 

一体このARGONAVISというコンテンツを、その存在をどれくらいの人が認知しているのだろうか。
きっと「あるごなびす」という美しい言葉の響きを耳にすることなく生涯を閉じる人がほとんどだ。
それなのに何故か私は幸運と言うべきか不運と言うべきかなんの巡り合わせか、その言葉の美しさに魅入られた人の一人になってしまった。
これは、ARGONAVISという消えかけた灯を遠くからぼんやり見つめることしかできなかったオタクにもファンにもなれなかった亡霊のノートである。
この亡霊の言い訳はアルゴナビスを真っ直ぐに愛し、最後の最後まで応援してきた人はあまりにも不誠実で不義理に感じるだろう。だからアルゴナビスを心から愛してきた人たちが読むことはおすすめしない。
しかしもしこの活動休止中にどうしても気持ちが離れていきそうになった時に読んでみてほしい。

これは不誠実なまたオタクのアルゴナビスに向けた最後のラブレターである。

私とアルゴナビスの出会いは5年前にまで遡る。(正直よく覚えてない、5年前とかもあんまり正確じゃない)
雑食アニメオタクだった私は「バンド系か〜、正直あんま作画は刺さらないけどバンドモノ好きだしな〜とりあえず1話見るか〜」みたいな軽い気持ちで見始めた。
その時点で私はアルゴナビスを1クール完結のアニメだと思ってたし、音ゲーやリアルバンドにも広がるものだなんて少しも思っていなかったわけである。

そのアニメに私はまんまとハマった

それはもうなんというかハマろうと思ってハマったわけじゃないし、ハマっている自覚もあんまりなかったんだけど、アルゴナビスのCDをちゃっかり購入し、事前登録とまではいかなかったがリリースされたゲームもダウンロードしていた。
アニメをキャッチアンドリリースしていた私がここまで入れ込んだのはアルゴナビスが初めてである。
何が怖いって自覚がない。
当時の私的には「ふーん曲いいじゃん?」くらいな感じだった。

「曲がいい」で人は狂える

これは私が体験しているからほぼ世の中の真理と言えるだろう。
アルゴナビスって曲がいいんだよ、本当に。
そりゃライブも最高だろう、この音楽を生で浴びれるんだから。
アルゴナビスの音楽はどんなコンテンツとも渡り合えるとんでもなく強い武器だと思う。
誇るべきだ、こんなにすごいんだから。

そんな私をアルゴナビスにどっぷり浸からせることになったのはキミステの一個前の音ゲー、AAdide、通称ダブエスだ。
当時の私は中学生。
スマホを自由に使える時間は30分と決まっていたが、その30分を惜しげもなくダブエスに捧げた。
中学生だった私の全てを捧げたと言っていい。
気づけばARGONAVISじゃなくてGYROAXIAが最推しになってるし、美園礼音のアクスタ買ってるし。
大好きだった。アルゴナビスが。
あの頃の私はアルゴナビスのオタクだった。
心の底からアルゴナビスを愛していた。
ダブエスに全てを注いだ時間は私にとって本当の本当に幸せな時間だったのだ。

しかし、幸せは長く続かない

忘れもしないあの日。
いつものようにダブエスを開こうとした時に目についた通知。
その通知を見た瞬間、体から血の気が引いた。
心臓がばくばくして、頭が理解することを拒む。

ダブエスのサ終

人ってあんなに泣けるんだってレベルで泣いた。
あんなに声を枯らして泣いたのは後にも先にもこれが最後だった。
もうこのまましんじゃったほうが楽かな、とも思うほどだった。
中学生の私なりに本気で愛してきたコンテンツのサ終。
簡単に受け入れられるものではなかった。
死ぬより辛いことってあるんだって本気で思った。
今ならわかる。
ソーシャルゲームは課金によって成り立つ。
でも私は1円たりとも課金なんてしたことがなかった。
私みたいなファンが何人いたって、コンテンツには少しも得がないのだ。
でもそれを理解するには当時の私はあまりにも幼すぎた。

私はその翌日か、二日後くらいのARGONAVISのライブの無料配信パートにてゲームのサ終とプロジェクト自体の継続を知ることになる。

しかし、私の心はここで折れてしまっていたんだと思う。

熱量の継続の難しさ

ゲームという触れやすいツールがなくなったことによって私はアルゴナビスとの間にできた途方もない距離にもがくこととなった。
ゲームがサ終してもライブは継続されていたが、中学生の私にはライブに行くお金もなく、両親からの許可も下りることなく、ただライブの情報を目でなぞる時間が続いた。
「いいなぁ、私もライブ行きたいなぁ」
そう思わない日はなかった。
それに疲弊していた、ともいう。
ないものねだり、と言えばそうなのだがアルゴナビスと自分との間に空いてしまった距離に私はどうしようもなく絶望するしかなかった。

遠距離恋愛だって音信不通じゃ耐えられない

公式から情報が出たって私はその場にたどり着くこともできないのだから、音信不通もいいところ、というのは言い過ぎだろうか。
与えられているものを享受できない寂しさとないものねだりをすることでの疲弊から私のアルゴナビスへの熱量は徐々に後退していくこととなる。

ここで降りられればよかったと心の底から思う

私とアルゴナビスをすんでのところで繋いでいたのはアルゴナビスのファンクラブだった。
一年に一回か二回届く会報が私とアルゴナビスを繋ぐ最後の手段だった。
まるで文通の域。一方通行だけど。

そんなこんなで私は結局ずるずるアルゴナビスのオタクを続けることになる。
ダブエスの頃と同じ熱量かと問われればそれはないとはっきりと言える。
だが、まだ好きだった。あの頃と同じくらいではなかったとしても好きだったのだ。
オブリガートもAXIAも観に行った。
やっぱり動く推しは健康にいい。
でも涙は出なかった。
キミステも事前登録&ダウンロードした。
しかし、そこまでだった。

キミステをダブエスと同じ熱量で継続して推すことが私にはできなかった。
何が理由かは私にもわからない。
音ゲーじゃなかったからなのか、絵柄が変わったからなのか、いやそんなことじゃない。
ダブエスの美園礼音も、キミステも美園礼音も私は確かに愛していた。
でもそこにはどうしても埋められない距離があった。
その距離はもうどうやっても埋められないとなんとなくわかっていた。

ここで降りるべきだった

アルゴナビスにおいて、本当に私は不誠実な推し方をしてきた。
ここで降りて、全てを清算すべきだったと思う。
しかし私は美園礼音のアクスタをCDを捨てることができなかった。
火花散ルの円盤を捨てられなかった。
まだ旭那由多の「今はまだ迷っても立ち止まってもいい」という言葉に縋っていたかった。
好きでいたかった、とも言う。

降りたいと推したいは同時に存在できる

降りて楽になりたいとまだ応援したいは同時に存在するのだ。
アルゴナビスに関しては好きとか嫌いとかじゃなくて、私の人生において必要だった時期があるので、ただのコンテンツに寄せるべきでない重い感情を寄せていた。
だから好きでいたいというよりも、まだ一緒にいてほしいという言葉の方が正しい気もする。
しかし、そうして私がもがいているうちにキミステもサ終を迎えることになる。

正直私もどこを目指せばいいのかわからなくなった。
最後で推す?今までの私は推してたのか?
私にオタクを名乗る資格はあるのか?

私にオタクを名乗る資格はない

落とした金の量もそうだが、私はずっと継続してアルゴナビスを推すことができなかった。
中途半端で、不誠実で、あまりに不義理だった。
最低だった。軽蔑される推し方をしてきた。
2025年に行なわれたライブは一切行かなかった。
配信も見なかった。
そんな資格があるとさえも思わなかった。
そればかりかファンクラブの更新もやめた。
降りようと思った。
こんな不誠実で正しくない推し活はやめるべきだと思ったから。

それなのに私はアルゴナビス3rdライブ「キミが見たステージ」の配信を買ってしまった。
このnoteはそれを見ながら書いている。
見る勇気が出なくて4時間あるのに見始めたのは17日の21時をすぎた頃だった。
結局私は不誠実なままだった。
アントラクトさえ見れてない。
勇気が出ない。
見たらまた私は。
降りたいと思った。
それなのにキミが見たステージで歌う画面の奥の旭那由多が滲んだ。
懐かしい、寂しい、会いたい、ごめんね、ありがとう、まだ好きだよ。
たぶん私はアルゴナビスに恋をしていた。
初恋だった。
初めての恋だったからうまくいかなかった。
うまく愛せなかったし、うまく守れなかった。
もしも初恋じゃなかったら5年なんてあっという間だっただろう。
もしも初恋じゃなかったら、推し方も間違えなかっただろう。
でも愛しいという感情を全てぶつけることも、こうして一生忘れることがない存在にもならなかっただろうな。
苦しい時間の方が多かったかもしれない。
でももらった幸せの方がちょっと多かったかも。
中途半端で不誠実、でも当時の私の精一杯。
アルゴナビスは私の初恋だった。

君が私の心臓に撃ち込んだ銃弾を一生抱えて生きていきたい

ねぇ、また戻ってくることがあるなら。
その時はまたちょっとだけ好きを伝えにいくかもしれない。
不誠実でもいいじゃないか。
私なりに不器用にアルゴナビスを愛していきたい。
こんなヘタクソな推し活をする相手はアルゴナビスしかいないのだから。

初恋は実らない、だが一生忘れない



いいなと思ったら応援しよう!