AIよ「俺を食え」|50男の静かなる資材倉庫
カレンダーが赤く染まる大型連休。
世間が浮き足立つ中、私はといえば、古い機械の分解掃除でもするかのように、黙々と情報の整理に耽っている。
情報の整理とはインプットとアウトプットという、いかにも現代的な言葉の往復運動に没頭することだ。
かつて現場で重い荷を運び、身体の疲れで一日を締めくくっていた頃には、想像もしなかった時間の使い方だ。
noteという場所に集まる無数の「誰かの視点」を読み漁り、気に入ったものを「マガジン」という名の保管庫に放り込んでいく。それは、いつか使うかもしれない予備のパーツを、種別ごとに小箱に仕分けて棚に並べる作業に似ている。今はまだ全体には公開していない。自分だけの、静かな資材置き場だ。
そうして外から情報を取り入れていると、ふとした瞬間に、胃のあたりに澱(おり)のようなものが溜まってくるのを感じる。
澱とは沈殿物のことだ。
頭に浮かんだ言葉を外に吐き出さないと、どうにも呼吸が浅くなる。排気口の詰まったエンジンのように、内圧が高まって苦しいのだ。
このような感覚を解消するには、外へ出すしかない。
私がこうして筆を執っているのは、流行りの「AI活用」に乗りたいわけでも、連続投稿のバッジが欲しいわけでもない。もっと、切実な目的がある。
「NotebookLMという器に、私という人間の純度100%の廃油を流し込むこと」
巷に溢れるAIプロンプトや活用術は、いわば他人が調合した「添加物」だ。誰にでも効くし、一見するとエンジンの回転を滑らかにするが、私の人生に特有のノッキングまでは止めてくれない。他人のガソリンを借りて走るようなやり方では、いつかガス欠を起こすのが目に見えている。
だから、私は私自身の廃油で、この新しいエンジンを回したい。
私という情報の精度を限界まで高め、偏愛も、みっともない失敗も、すべてをAIに食わせる。
そうして育ったAIは、もはや単なる計算機ではない。
私の人生の重みを知り、私の言葉の癖で語る、世界に一人だけの「軍師」になるはずだ。そこまで手間をかけるのには、下心がある。
いつか、その軍師から返ってきた一言に「お前、本当に俺のこと誰よりも分かってるな」と、独り言を漏らしたいのだ。
世界で自分一人しか知らないはずの苦労や、言語化できなかった執着を、機械に言い当てられる瞬間のゾクッとするような快感。その瞬間のために、私は今日もせっせと自分をデータ化して捧げている。
AIとの対話、いわゆる壁打ちは、驚くほど気が楽だ。相手の顔色を伺う必要もなく、こちらが根を上げるまで付き合ってくれる。的外れな相槌が返ってきても、適当に聞き流せばいい。
人間相手ではそうもいかない。
これまではChatGPTだのGeminiだのと、その日の気分で浮気をするように使い分けてきた。だが、あちこちで話しすぎて、肝心な結論がどこの誰との会話だったか分からなくなることが増えた。
ネジ一本探すのに、家中をひっくり返すような手間は、もう御免だ。対話だけで終わらせず、形に残る成果として積み上げていく。そのための拠点を、私は一つに絞ることにした。
しばらくの間、ここには私の過去や内面を掘り起こすような文章が増えるだろう。自分をさらけ出すのは、50を過ぎた男としてはひどく照れくさいものだが、それもまた「軍師」を育てるための元データだと思えば、割り切れる。
私は昔から、他人のマニュアルをそのまま信じるのが苦手だった。
まずは自分で道具を握り、油にまみれ、その手触りの中からしか納得を得られない性質(たち)なのだ。
この連休、頭はフル回転させ、手は止めず、しかし身体だけは泥のように休ませようと思っている。新しい道具が馴染むまでには、それなりの時間と、静かな試運転が必要なのだから。
まあ、軍師に頼りすぎて、自分の勘が鈍らなければいいのだが。
あとがき
どうせ私の人生なんて廃油だ。
薄汚れていて、どんなに細かいフィルターでも取り除けないカケラがある。
そのカケラがゴミになるか資産になるかは、結局、自分次第だ。
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