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気まぐれ俳句鑑賞36『奉公にゆく誰彼や海蠃𢌞し」久保田万太郎
奉公にゆく誰彼や海蠃𢌞し
久保田万太郎
明治、大正の短篇小説を読む趣きがある。
秋の季語である「海蠃𢌞し」とは、海蠃貝(ばいがい)を用いた独楽廻しのこと。「独楽を茣蓙で作った円形の座の上で回しあい、相手をはじき出した方が勝ちとなる子どもの遊び」と歳時記にある。
いつも一緒に路地裏の塀の陰で遊んでいた仲間たちも、ある年頃になれば奉公先が一人、また一人と決まってゆく。
小学校卒業後に中学に上がれるというのは稀な話で、誰それはどこの米屋、どこの酒屋、と子どもたちは互いに噂し合う。そして自分はどこそこの店に決まったのと、独楽を投げ込みながら呟いて、あたかもそうやって先に外へ弾き出された方がどこか誇らしくもあり、最後に残る独楽を眺めて仄かに淋しさを感じるような反転がそこにはある。
嬉しいのだか、淋しいのだか、誇らしいのだか、羨ましいのだか、独楽の回転が止まりかけ、複雑な貝の模様が迷路のように見えてきて、これまで感じたこともないような思いに捕われもする。「海蠃𢌞し」の字面がそんな目眩にも似た感覚を呼び起こし、言葉にしがたい子どもの心象を遠く思わせる、味わい深い一句である。
出典:『久保田万太郎俳句集』岩波文庫
参考:『俳句歳時記 秋 第五版』角川ソフィア文庫
