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気まぐれ俳句鑑賞18『大学も葵祭のきのふけふ』田中裕明
大学も葵祭のきのふけふ
田中裕明
夏の季語、京都の「葵祭」を見たことのない私には、祭の日の、またはそれに連なる日々の後先の雰囲気は、分からない。
「大学も」、と上五に添えられた「も」の作用によって、京都の街筋に感じられる、どこかそぞろ立つ雰囲気が、大学の構内にも、すれ違う学生たちの顔、研究室の窓にも、何処となく行き渡っているような気配を感じさせる。
そしてまた、この「も」。祭の連れてくる華やぎと、少し距離を置く大学生の心、ひとりキャンパスを歩き、さざめき過ぎる他の学生を目に映す、少しだけ孤独なこころを、私には遠く感じさせる。
最後に、下五にそっと置かれた「きのふけふ」。この旧仮名遣いの表記は、目にも胸にも柔らかな味わいがある。「葵祭」の前には近づいてくる浮き足立つ気配が、当日には、それぞれの近さ遠さで感受される風情が、そして、祭の後の日には、すれ違う学生の顔もふと、白塗りが施されている幻影を見るような、淡い残像が浮かんでくる。
水で濡らせた筆先で触れたところにだけ、淡く絵が浮かんでくるようなこの句には、抒情、とひと口に言うのも躊躇われるような、眩しい詩情がある。
出典:『俳句歳時記 第四版増補 夏』角川ソフィア文庫
