50さいの私の育
ともぞうです。
今日は、『育』について、書いてみようと思います。
長男は、2003年生まれで、秋には22才になります。
その長男が3才だった頃のことを書いてみようと思います。
彼は、私にとって初めての子供で、それはそれは可愛くて、とにかく全力で頑張りました。
120%の力で向き合っていたと思います。
今になって当時の私に言いたいのは、もっと緩やかにしなやかに。
頑張らなくていいよ。
一緒に楽しんで。
そんな言葉です。
長男は、よく泣く元気な赤ちゃんでした。
敏感だったのかな。
氷を取る音やカーテンを閉める音にも、全身でビクッと驚いていました。
順調に成長して迎えた3才児健診。
この日、私にとっての初めての試練がやってきました。
保健師さんと向かい合い、
「これは何かな?」
「積み木を積んでみようか?」
といったテストのようなやりとりが始まります。
人見知りの長男は、完全に怯えていて、声の大きな保健師さんにますます縮こまっていました。
そして言われた、「別室に行こうか」という言葉。
その一言がとても不安で、胸がぎゅっと苦しくなったのを覚えています。
私は慌てて、「いつもはできてるんです」と絞り出すように伝えました。
でも、その場の長男は何もできなくて、私はただただ心がざわついていました。
その後、「発達に少し遅れがあるかもしれない」ということで、週に1回、親子教室に通うことになります。
一体どうなるんだろう、私の何がいけなかったんだろうと落ち込んだことを今でもはっきり覚えています。
親子教室行ってみると、温かい先生たちがいて、楽しい活動をたくさん企画してくれました。
同じように悩んでる方がたくさんいて、色々話せたことで救われた思いがありました。
季節の行事や工作、遠足など、まるで無料の幼稚園のような場所。
なにより大きかったのは、お母さんに寄り添ってくれる時間があったことです。
「できたことを話せる」
「悩みを聞いてもらえる」
「涙が出ても大丈夫」
そうやって少しずつ、私は、母としての肩の力を抜いていけた気がします。
長男はというと、ただただマイペースだったようで、親子教室を無事に卒業。
その直後に主人の転勤が決まり、お友達とはお別れになりましたが、夏休みには電車でスタンプラリーに行ったり、大きな公園で遊んだり、関係は続きました。
新しい土地での入園面接のとき、親子教室に通っていたことを正直に話すと、
「全然大丈夫だよ〜」と笑ってくれて。
その優しい言葉に、思わず涙が出てしまったことを今でも覚えています。
長男の子育ては、まさに手探りでした。
でもその経験があったからこそ、長女や次男とは、少し肩の力を抜いて向き合えているのかもしれません
子育てというけれど、本当は、親育てだったのかもしれないな。
そんなふうに、今は思います。
また折にふれて、彼らとの「育」について綴っていきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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