安心する恋愛がしたい
こんばんは、ひつじです🐏
わたしは恋愛でいつも、
相手に"追いかけられていたい"
"いつも愛されていたい"
"誰よりも優先されたい"
と、相手からの愛情を欲しがる傾向がありました
好きならもっと連絡するよね、
返信くれないのはもう飽きてきたってこと!?
特に会えない時間はLINEや instagramに振り回され続けていました。。。
LINEの返信がない=嫌われた?
絵文字がついてない=冷められた?
電話に出ない=他の女の子といる?
1人であれこれ妄想を広げては、
自分で自分を苦しめ続けていました😣
❤️ わたしの恋愛・愛情の傾向
❶ 「安心」を一番に求める」
→ 連絡やスキンシップが途切れると「愛されて
いないのでは」と強く感じやすい。
❷ 熱しやすく冷めやすい面
→ 相手から追われていると燃えるけど、
安心できないと「だったら距離を置こう」と
気持ちを引っ込めやすい。
❸ 「愛されている証拠」を欲しがる
→ メッセージ、電話、行動など、わかりやす
い形がないと不安になりやすい。
🩷 🔍なぜ「好かれている・愛されてい
る証拠」を探したくなるのか
人は本来「安心感(愛されている・受け入れられている感覚)」を土台にして育つと、自然に
「自分は大切にされている」と内側で感じられるようになります。
しかし、その安心感が十分に得られなかった場合、心の中に「自分は本当に愛されているのだろうか?」という不安が残りやすくなります。
その結果、外側の言動(褒め言葉、態度、連絡の頻度など)を「愛されている証拠」として集めて安心しようとする傾向が生まれるのです。
また、本来はわたしそのものが"愛"であるのに
外側に愛を探してしまうのは、幼少期の親子関係や他者との関わりの中で形成された"信念"が原因でもあります。
🧑🧑🧒 幼少期の経験とつながりやすい
ポイント
一般的に、次のような経験が「証拠探し」を強める傾向があります。
➖条件付きの愛情を受けた経験➖
「いい子にしていれば褒めてもらえる」
「成果を出したときだけ喜んでもらえる」
→ 無条件の愛ではなく、条件付きでしか受け入れ
てもらえなかったため「常に確認が必要」にな
る。
➖親からの愛情表現が乏しかった経験➖
抱きしめてもらう、優しく言葉をかけてもらう、といった身体的・言語的な愛情表現が少なかった。
→ 心の中に「本当に愛されていたのかな?」とい
う空白が残りやすい。
➖不安定な養育環境➖
親が感情的で態度が変わりやすい。
忙しくて構ってもらえたりもらえなかったりが極端。
→ 愛情が安定しないため、子どもは「見捨てられ
る不安」を持ちやすくなる。
➖比較や否定の多い環境➖
兄弟姉妹や他人と比較される。
「もっとこうしなさい」と否定されがち。
→自分そのものが十分に受け入れられていないと
感じ、外の評価に敏感になる。
わたしの幼少期を思い出すと、
父親との関係にこれらのポイントがよく当てはまります。
父は短気で、自分の思い通りにいかないとすぐに怒鳴り、モノや人に当たり散らかす人でした。
私もよく叱られていました。
自分に非があることもありましたが、
理不尽に八つ当たりされたことも多く、
いつも父親が怖くて、怒られないように機嫌を伺ってビクビクしていました。
父の機嫌が良い時はホッとしますが、
不機嫌モードに入ると同じ空間にいるのが苦痛で仕方ありませんでした。
一通り怒鳴り終わると何事もなかったかのように
普通に過ごすので(絶対に謝らない)、父の機嫌に振り回される毎日でした。
父が一度も怒らない日は逆にソワソワしてしまい、怒号が鳴り響く環境が当たり前になっていました。
威圧的な態度で周りを制圧する父親に、
家では誰も逆らえず、みんな機嫌を伺って怒らせないように我慢していました。
とにかく恐くて、いつしかそんな父親に甘えたいと思えなくなりました。
母親は私が2歳の頃に離婚して家を出たため、
幼稚園生の頃から小学校低学年まで、
父の彼女の家に連れ出されることが多くありました。
父方の実家に祖父母と暮らしていたのですが、
彼女ができると、知らない女の人とその子供と一緒に、違う家で生活をする、2拠点暮らしが始まりました。
幼い頃はそんな父親でも大好きで、
父親が彼女に好かれようと、
連れ子に優しくする、彼女を優先する姿を見て
捨てられてしまうんじゃないかと、ものすごく不安になりました。
まぁそこでも父の横暴さではうまくいかず、
また新しい彼女と連れ子と一緒になってと
常に不安でいっぱいの毎日でした。
今でも覚えていますが、
そんな環境が嫌で仕方なくなり、幼稚園年長の時に、父親に反発したことがあります。
いつも通り彼女の家に行くからと車に乗せられた時、妹と今日は行きたくない、おばあちゃんと一緒にいたいと大号泣したことがありました。
しかし父は一言大きな声で「泣くな!」と怒鳴り、
そのまま車を走らせました。
車内で何度も泣くなと怒られ、
まだ5歳くらいだった妹を必死でなだめて
涙を止めました。
わたしはこの時から父親を心のどこかで
受け入れられなくなりました。
はじめて、この人が嫌いだと認識したんだと思います。
1番助けて欲しかった時に受け入れてもらえなかった、見捨てられた経験が、その後も父親との関係で何度も繰り返され、大人になった今身近に居る彼氏に投影しているんですね。
今度こそ安心したい、
彼は父親のような人ではないと、
愛されてる証拠を見つけようと必死でした。
こうした経験から、
・証拠がないと愛されてるか分からない
・我慢して気に入られないと愛されない
・いつも1番大切にはされない
という信念が作られていきました。
🌸 わたしに必要な新しい信念
️「私は連絡の数や頻度ではなく、存在そのもので愛されている」
「相手の一時的な行動が変わっても、私の価値は揺らがない」
「愛は育つリズムがあり、常に同じ形ではなくても続いていく」
この信念を持てると、彼の態度に一喜一憂せず、安定した関係を築けていけそうです。
🌟 信念を育てる“小さな行動”
☑️ 毎晩、自分に「今日も愛される私だった」と
言葉をかける
→ 行動に関係なく、存在そのものを肯定する
習慣
☑️ 彼以外からの愛を受け取る練習
→ 友人や家族からの言葉、小さな優しさを
「これは私が愛されている証」と受け止め
る
☑️ 彼への依存を減らす時間作り
→ 趣味・学び・自分磨きに集中し「私自身が
私を大切にする」体験を増やす
💖 まとめ
わたしは「追いかけられる愛」を求めやすいが、本質的には “育まれる愛” を必要としていました。
相手の行動の波に揺さぶられすぎず、
「私は存在するだけで愛される」という安心感を育てると、彼からの愛情も自然に長続きしていく感じがします。
「愛されている証拠を探したくなる心」は、
不安の裏返しであり、決して弱さや欠点ではありません。
むしろそれは「本当は安心して愛されたい」という健全な欲求の現れでした。
自分で安心を育てることで、少しずつ「外に証拠を探さなくても、愛されている」と感じられるようになっていけそうです☺️
