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15. 人体 / イメージトレーニングと引き寄せ vol. 1

経験的に感じることがありまして、みんな人生の中でチャンスみたいなものは普通に訪れていて、やりたいからずっと思っていて準備もしていて…普通に目の前に来たから「はい!私がやる!」って掴む訳です。ずっとやりたいと思い焦がれているから尚更ですね。

こんにちは、加来各論です。
そんな訳で今日は引き寄せにまつわる話です。

わたし的にはあれがしたいなぁ、出来たらいいなぁ、高校まではこんな感じでした。バンドとかバイクとかは学校以外の起きてる間ずっとやってたからそうでもないか…。基本凝り性です(笑)納得いく領域に行くと満足してパタリと辞めます。そればかり頑張りすぎて疲れてるのとやり方の限界も感じ出すんですね。そもそも譜面が読めない、理論を知らないジレンマ。ピアノが出来たらもっと違うんじゃないか?…。完璧に鈍った頃また別のやり方でやろう、そんな感じになります。

で、大学に入って何でもいいから無性に1位になりたくなるんですが一番明確に順位が決まって自分の中で実現出来そうなのがバイクレースだったんですね、でモトクロスにハマります。

毎週の様にコースに通ってグルグル廻ってただただ廻って月一のレースに出て。真夏には走ってるうちに日射病で目眩と呼吸困難になってバイクを投げ捨てトラックの下に飛び込んだり、そこが唯一の日陰だったので…。林道ツーリングがあれば参加して最後尾スタートでパスの練習して。レース前日はベッドに横になって頭の中でスタートダッシュのシミュレーションやってるうちに汗だくになってまた風呂に入って…。

そんな感じでスキーのスラロームの選手やボクシングの選手のシャドーと同じでイメトレをやってるうちに勝てる型とか展開が出来ると1コーナーの地面の光景が見えてホールショット取れる様になるんですね。多分みんなやってると思いますが…。ホールショットがキマると気持ちいいですね。

カメラを構えられると目線を送ります。

イメトレと言えば田祭り、民俗学者さんのラジオ聞いてたのですがこんな話でした。

これは田植え前の踊り、舞台で行う神事で観客もいます。
草刈りして田んぼを起こし水を張って稲を植え
刈り取って稲を干して脱穀して
そんな演劇をやって
最後に今年も豊作だったと喜びの舞を踊って〆る。

つづら棚田にて

こうやってこれからある未来の出来事を上手くいった事にして皆で喜んで先に成功した事実を皆で共有する。

今年も豊作という良い未来を先に全体共有する事で揺るぎないものにして、これから来る未来にそうだと誤認?させる意味があるのでは、という解説でした。

これはとても興味深い解釈でした。未来を自分達で勝手に都合よく作る感じ、斬新ですね。

少しでもズレるとおかしいじゃないかと言って微修正する人が出そうです。おおらかでいい感じです。

トヨタ?にこんなことわざがあって

やって見せ言って聞かせて
やらしてみせて
褒めてやらねば人は育たず

山本五十六は

やってみせ、言って聞かせて、
させてみせ、
褒めてやらねば人は動かじ。

この辺も同じですね。
良い手本、理想の手本を見ると
人間、自分もそのうちと
やってみたくなります。

場も同じと捉えているのかも知れませんね。
八尾萬の神に
手本を見せ皆が喜ぶ姿を見せて
それではわたしも、
みたいに望む方向に導く。

これって神話の岩戸開きと同じですわ…。

わたしにも似たところがあって不都合はすぐ忘れますし、海外生活も手伝って自分の都合の良い方にずらす事をします。悪い意味ではなく海外だと自己都合のその場だけで上手く行くけど先を見ると破綻してることが多いので、そう言ったところを理解してもらって正しい方に修正する感じです。恐らく3年後ここに俺は居ないからね、そんな感じだと思います。なので他人の話に乗ると明後日の方に行って紛糾、タイムロスすることが多々あるので主体的で皆ハッピーなベストシナリオをもとに話をして理解を求める様になりました。

3DCADは大学生のインターン生から習いました。
1965年生まれ以降から大学の授業は
ドイツ語から英語に切り替わってます。
当時私が40歳ですから
エキスパートに技術の話を聞きに行くと
ドイツ語しかわからんよ、
と言われ愕然とします。
が、そのうち慣れます。
そこから何とか上手にねじ込んで
欲しい情報を手に入れるのが仕事。
とにかく誰でも声かけて
仲良くして友達を作る、
これに限ります。

ドイツにはマイスター制ってのが昔あってマイスターである師匠の元で働くのですが必要なくなれば手紙を渡されて他所の師匠の所に行き、そこで雇われるか、また手紙をもらって他所に行く、そんなのが職人の生活だったんですね。

わたしが居た頃は定年までの永久就職はなくて大体45歳でリタイヤしてのんびり暮らすのが普通っぽいです。最近はそんなに早くリタイヤ出来ないと推察します。あくまでも院卒のマネージャー層の話。

そう言えばドイツの名刺には修士とか博士とか書いてありますが日本は書かないですよね。苦労して取った資格なのに入社の時だけ履歴書に書きます。不思議ですがちゃんと見えない社内処遇をされる様になってますね。外部には知らせる必要ないと考えているみたいです。ドイツではドクター◯◯と呼んでました。レーザー技術の博士で100人部屋で私が最後に退社するのですがそのドクターは私より遅く一人でバタバタ書類の準備されてました。ドクターも大変だなぁ、なんて見てました。

わたしがこのドイツの企業に勤めるきっかけなのですが…新聞に「ドイツのデザイン会社、福岡に来る」って見出しで紹介してあったんですね。デザイン?何のデザイン?福岡市は商業とか支店経済都市です。よく読むとカーデザインなので尚更違和感だし私には関係ない領域ですが興味はくすぐりました。設備装置の文字があったので、むむ、これはチャンスかもって思ったんですね。わたしが39歳の頃。

学生時分は英数理の中でも英語は得意で通訳も考えたのですが戸田奈津子さんが独占してるから男性は食べれないんだろうなぁと勝手に思ってw  社会に出て理数を使う機械設計職をやってて英語はたまに海外向けの整備マニュアルを英訳するくらいであまり使ってないから勿体無いなぁと思ってまして先の新聞を見てこれは人に取られたくないって思ったんですね。

事務所を作る発表だけなので求人は半年後とか一年後、それまで新聞とリクルート誌を毎日眺める?そのうち見逃して人に取られたら嫌だ。どうする?で、直接本社にメールしましたw

意外とすぐに返事が来て…
ドイツ本社: そんな求人ないよ
いやいや解ってる、そのうち日本で求人の話が出るだろうからその時は必ず連絡してほしい、とお願いして半年後日本法人から面接の連絡が来る訳ですが、営業やらないかと。
人の作ったものは粗が見えてしまうので向いてませんと断って…。
数ヶ月後また面接の連絡があってカーデザイナーやらんかと。
動くメカものが好きなのでと断って…。
ドイツにメールしてかれこれ1年後に
やっとあなたの順番が来たよ!来週から来れるか?
そんな感じで採用となるのですが我ながらよく引き寄せたなぁと思います。

当時世界で一番大きなカーデザインから設備まで作る総合エンジニアリング会社でドイツのオペル以外の自動車メーカーはほぼこの会社がやってる訳ですから…。プライベートジェットの内装や富裕層向けのプレジャーボートの内装デザインなんかもやってます。

我ながら想いの強さと引の強さが発揮された感じです。田祭り万歳ですw

ここでは現地の部長さんに良くして頂いて普通見れない部屋もフリーパスで通して貰えたので設備系の更に上流の車のデザイン室、クレイ室、カーショー向けの艤装工作室なんかも見せてもらい非常に刺激を貰いました。

CADのイメージです。(拾い物)

ただ…40の手習で3DCADの習得をしながら特殊設備の実プロジェクトを一年弱でこなしてその足で日本の自動車メーカーさんに納める大役で振り返ると凄いことなのですが当時のわたしは知る由もなく目の前のことを他人の5倍のつもりで夢中でやってた感じです。何も知らないわたしは現地に行ってドイツ特有の危うさと直面する訳ですが…。

今日のところは一旦これにて休憩を挟みます。

注意 スキ大歓迎、リンク可、不許複製転載不可、出版応相談。
*写真はフランクフルトにある日本料理店「ひげ松」さんです。Google Map様のストリートビューより拝借、いつもお世話になっております。勝手に使って申し訳ございません。日本食が恋しくなるとここに行ってました。住んでたのはフランクフルトから小一時間ほどのFULDAという街です。昔F1にタイヤ供給してたFULDAタイヤというタイヤメーカーがあった所で、スーパーカーのオフ会がよく開催される土地柄です。

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