Master of Wineへの道
Diploma合格者(あるいは勉強中の方)で将来的にMaster of Wine(MW)を目指したい方もいるかもしれない。2026年2月時点で世界に422人しかおらず、日本人でわずか2人とされている難関の称号だ。ところがMWのプログラムがどういう構造で、どう勉強して、何年かかり、さらに費用はいくらかかるのか、日本語で体系的にまとめられた記事がほぼ存在しなかったので、今回調べて書いてみることにした。
なお、本記事はIMW(The Institute of Masters of Wine)の公式サイト、過去合格者・Candidateによる公開された手記や記事、業界メディアの記事をもとに執筆しているが、自分自身が現在MWプログラムにエントリーしているわけではない。そのため「実際はこうだ」という一次情報をお持ちの方がいればコメントも大歓迎だ。また記事最後には今回参考とした情報源もリンク付きで紹介している。
MWの概要 - 422人の半分はイギリス人
Master of Wineは1953年に「ワイン商のための試験」としてイギリスのロンドンで始まった。運営はThe Institute of Masters of Wine(IMW)。2026年2月時点で世界30カ国に422人のMWがおり、1953年からの累計合格者は約521人(差の約100人は物故者など)。
MW Candidateは43カ国から346人おり、このうち新たにMWとして認定されるのは毎年10人前後。346人が在籍していて年10人ということは、ラフ計算で合格率は平均2.8%という狭き門になる。日本で言えば司法書士試験(4〜5%)や予備試験(4%)よりもさらに低い水準だ。
MWは国別に見ると構成がかなり偏っている。イギリス208人、アメリカ58人、オーストラリア26人、フランス18人、ニュージーランド15人、ドイツ10人、カナダ10人と、イギリスだけで全体の49%を占めている。イタリアは2021年にようやく初のMWが誕生して以来、現在5人だ。スペイン、ポルトガルも同じく少ない。旧世界のワイン大国が必ずしもMW大国ではないのは、この試験が英語で行われることと無関係ではないかもしれない。フランスの立場に立てば、寿司の本場でない国が勝手に「Master of Sushi」という称号を始めたような感覚だろう。誠に遺憾である。
アジアに目を向けると、香港が4-5人で最多。Jeannie Cho Lee(2008年合格)がアジア系初のMWで、同年に香港在住のDebra Meiburgも合格している。シンガポール2人、日本2人(うち日本在住1名)、インド1人。アジア全体で10人前後。14億人の中国からのMWはまだ数名にとどまる。ジェンダーでは、現在422人中152人が女性で36%。初の女性MWが誕生したのは1970年で、1986年に初めて女性の合格者数が男性を上回った。直近10年の合格者は男性56%・女性44%で、ほぼ均衡に近づいている。
MW出願条件とその後の流れ
出願の時点でだいぶ絞られている
MWプログラムに出願するには3つの条件がある。
①DipWSET(またはそれと同等のワイン資格、あるいは適切な高レベルのソムリエ資格)を持っていること。
②ワイン業界での3年以上の継続的な実務経験があること。そして
③MW、または15年以上の業界経験を持つ上級専門家からの推薦状が1通あること。
推薦状は、理想的にはMWから書いてもらうのが望ましい。MWと個人的に面識がない場合は、麻布台ヒルズのインタートワインKxMに通うか、IMWのイベントやテイスティングに足を運んで関係を作る、あるいはワイン業界のネットワークを辿って15年以上のキャリアを持つ人物を探すこととなる。この点、既存のMWが多いイギリスが圧倒的に有利だろう。推薦状を書いてもらうのだから、本人にワイン業界での実績と知名度が必要となるのは言うまでもない。
出願の中身は、オンラインの申請フォーム、Diplomaの証明書コピー、志望動機を書いたエッセイ(500語以内)、推薦状、そして出願料(£324)。エッセイでは「IMWのミッション(excellence, interaction and learning)にどう貢献するか」が問われ、「自分がMWになることでワインの世界に何を還元できるか」を書く必要がある。
入学試験
出願が受理されると「入学試験」がある。ロンドンにいる自分の友人も現在チャレンジ中だ。理論90分+テイスティング90分のオンライン試験。これについては過去問がしっかりと公開されており、準備に活用することができる。
理論試験は「ブドウ栽培」「醸造」「ワインの取り扱い」「ワインビジネス」といったテーマからランダムに3つの問題が提示され、その中から1つを選んでエッセイ形式で回答。公開されている過去問では、「接ぎ木されていないブドウの樹を植えることの潜在的なリスクとリワードを評価せよ」や「小規模な独立系ワイン小売店は、価格面で大手チェーンと競争できるか?」といった、専門知識と論理的な思考を問う問題が出題されている。これらの試験はオンラインで実施され、もちろん資料の持ち込みは不可、回答はすべて英語で書く必要がある。
テイスティング試験は事前に指定された4本のワイン(例えば「オーストラリアのシャルドネ」「フランスのシャブリ」「スペインのリオハ・レセルバ」「フランスのコート・デュ・ローヌ」など、おおよその価格帯とともに指定)を自ら購入し、試験中に実際にテイスティングしながら設問に答える。過去問を見ると、2種類のワインを比較してブドウ品種や産地を特定したり、グラスの中のワインから推測できる醸造技術や品質、さらにはそのワインがどのように販売されるべきかについて論じたりすることが求められる。
自ら購入したワインで受験するため答えは事前に分かっているが、グラスの中で味わえるものを参照して答えの理由を述べることが重要で、「すでに分かっている答えに対し、自身の味覚と知識を使って、どれだけ説得力のある証拠を提示できるか」という問題のようだ。推理小説で犯人は分かっていて、なぜこいつが犯人と言えるのかを得られた証拠から論理的に説明するイメージと理解した。当てずっぽうな部分や論理が飛躍している部分があれば、即座に見抜かれるだろう。
出願者のうち、MWプログラムに入れるのは50-60%。Diplomaを持っていて、業界で3年以上働いていて、MWからの推薦状があり、入学試験を受け、きちんと準備したとしても4-5割は参加すら叶わない。
Stage 1(12本ブラインド + 理論2問)
入学試験に合格すれば晴れてMWプログラムへの参加が認められるが、プログラムはStage 1、Stage 2、Stage 3の3段階構成だ。最短3年半で修了できることになっているが、実際には(休学や再受験を挟むなどして)より長くかかる学生が大半のようだ。
Stage 1の年度末にStage 1 Assessment(S1A)がある。6月にロンドン、サンフランシスコ、アデレードのいずれかで実施。12本のブラインドテイスティング1セットと、理論エッセイ2本。
S1Aの合格率は年によって変動するが、例えば2016年のデータでは70%以上の学生が合格している。MWの試験の中では比較的通りやすい関門と言えるが、それでも約3割は落ちる計算になる。このStage 1 Assessmentに合格しなければ、Stage 2に進むことはできない。
Stage 2(36本ブラインド + 理論5科目)
Stage 2もPractical(実技)とTheory(理論)の2部構成となっている。
Practicalは12本×3セット、合計36本のブラインドテイスティング。品種、産地、商業的魅力、醸造法、品質、スタイルを評価する。これを3日間連続で行う。
Theoryは5科目。栽培(Viticulture)、醸造および瓶詰め前の手順(Vinification and pre-bottling procedures)、ワインの取り扱い(Handling of wine)、ワインビジネス(Business of wine)、現代の課題(Contemporary issues)のエッセイ試験だ。ワインの取り扱い(Handling of wine)のみ2時間で、それ以外の科目はすべて3時間の試験になる。4日間連続の日程で実施され、5科目合計で14時間にも及ぶ非常に過酷な試験だ。
MWのエッセイ試験の出題例(入学試験やStage 1等の過去問)を見ると、栽培では「接ぎ木されていないブドウの樹を植えることの潜在的なリスクとリワードを評価せよ」、ビジネスでは「小規模な独立系ワイン小売店は、価格面で大手チェーンと競争できるか?また、それ以外にどのように効果的に競争できるか?」といった問題が出ている。
あるMWは、エッセイ1問あたりの時間配分として、プランニングに15分、執筆に45分をかけ、60分以内に750〜900語を書くことを推奨している。回答は手書きでもルール上は認められているが、判読できない文字は減点や不合格の対象となるため、タイプ入力での回答が強く推奨されている。
そして最も重要なのは、すべての主張に対し「具体的な実例(Examples)」を出すこと。IMWは実例に強く執着しており、「気候変動が影響している」といった一般的な主張ではなく、世界の特定の産地やワイナリーの具体的な事例を用いて論証する必要がある。根拠や実例がない主張には点が入らない。
PracticalとTheoryは別々に合格判定される。Stage 2の試験は非常に難関であり、2016年のデータでは科目別の合格率がTheory 29%、Practical 17%であった。Diploma試験と大きく異なり、テイスティング(Practical)の方が理論よりもさらに難しい傾向にある。
Stage 2の試験には厳しい回数制限のルールが存在する。受験者は、最初の3回の挑戦でPracticalかTheoryのどちらか1つ以上に合格しなければ、プログラムから退場(キックアウト)となる。片方に合格すれば、もう片方は最大5回(6年以内)まで受験することができる。
Stage 3(Research Paper)
Stage 3のResearch Paper(RP)は、Stage 2をクリアした者のみが着手できる。自身が選んだテーマに関する個人の研究プロジェクトであり、6,000語から10,000語の分量で執筆する必要がある。テーマは科学・芸術・人文学・社会科学など、ワインに関連するあらゆる分野から自由に提案できる。詳細はこちらの記事を参照してほしい。
RPの最大の目的は、ワインの世界の知識体系に新たな貢献をすることとされているため、単なる既存情報のまとめでは足りず、明確な研究課題に基づいた独自のリサーチや分析、そして批判的思考を用いることが強く求められている。
RPの審査は、完全な匿名で行われるため、誰が提出したRPかは伏せられる。またTurnitin(論文不正検知のソフトウェア)などを使い盗用・不正行為の厳格なチェックが実施される。他者の言葉の無断使用や、AI(人工知能)の使用、出典を明記せずに他者の成果物を自分のものとして提示したと判定された場合、MWプログラムからの永久追放を含む厳しい処罰の対象となりうる。
なお、論文が基準に満たなかった場合は、「Referred research paper(再提出/保留論文)」として費用を払い再提出を行うプロセスも制度上用意されている。ちなみに前述の盗用・不正などの違反行為を除けば、「⚪︎回再提出で不合格ならキックアウト」といった制限はない。このことからも、Stage2がMWプログラムの最大の鬼門ということが読み取れる。
Candidateはどのように勉強しているのか?
プログラムから提供される公式イベント
MWプログラムの勉強は大学のように毎日講義があるわけではなく基本的にセルフスタディだ。MWプログラムの年度は9月中旬から翌6月まで。その間にStage1もStage2も3日間のコースデー(任意参加)と5日間の合宿形式セミナー(必須参加)があり、残りは自分で勉強する。
コースデーとは、ロンドン、ワシントンDC、カリフォルニア、香港、シドニーなどで開催されるイベントで、午前中はブラインドテイスティングを行い、MWからフィードバックをもらう。午後は理論の練習。要するに模擬試験+講評の1日となる。
合宿セミナーは5日間、朝から晩までワインに浸かる。Richard Hemming MWの記録によると、5日間で開けるワインは約150本。午前は12本のブラインドテイスティングとMWによるグループフィードバック、午後は産地別のマスタークラスや技術セミナーとなる。合宿の主要会場のひとつがバークシャー州の The Odney Club。ここでは最大90人近くが宿泊できる。5日間終わると自分の弱点が明確になり、次の勉強計画が立つとのこと。
日常はどうか。フルタイムで働きながら勉強している人が大半で、試験が近くない時期は読書、エッセイの練習、個人テイスティング。試験が近づく3月から5月は勉強時間も跳ね上がる。どのCandidateもワインボトルの入った箱が自宅に積み上がっている状況のようだ。
メンターはガチャ
プログラムに入学するとMWがメンターとして1人割り当てられ、MW合格までのサポートをしてくれる。メンターはボランティアで報酬は出ないそうだ。可能であれば母語が同じメンターが割り当てられるが、日本語を話すMWは世界に2人しかいないので、日本人Candidateに日本語メンターがつく保証はない。
メンターの役割は、課題へのフィードバック、テイスティングペーパーの添削、勉強の戦略に関するアドバイス。ただし面談の頻度や方法に公式な決まりはなく、「実施形態は千差万別」とIMWも認めている。
つまりメンターの質は当たり外れが大きい。David Way(MW Candidateとして6年間在籍したものの、MWへの挑戦を断念した)は、「テイスティング力を体系的に改善してくれるメンターを何年も見つけられず、ようやくテイスティングの面で本当に助けてくれるメンターに出会ったのは在籍後半だった」と綴っている。一方で、最初から手厚い指導を受けられる人もいるので、ここはメンターとの相性がプログラム全体の体験を大きく左右するのだろう。
公式のメンター以外にも、コースデーやセミナー、業界イベントで他のMWとの関係を作ることはできる。むしろ非公式のネットワークの方が実質的なサポートになるケースもある。
テイスティンググループが生命線
MWの勉強で最も重要なのはテイスティンググループらしい。Stage2で36本のブラインドを突破しなければならないのだから、並のテイスティング力では当然歯が立たない。テイスティンググループはIMW自身も「hugely important」「absolutely unavoidable」と認めている。個人練習だけでは限界があるのだろう。
グループでは定期的にメンバーが集まり、ブラインドテイスティングを練習する。Diploma時代も同じようにやった人が多いだろうからイメージはつきやすいはずだ。ワインは持ち回りで用意したり分担して準備したり、ひとりでやるより手間も費用も分散される。
IMWに公式のマッチングシステムはなく、合宿セミナーやコースデーで知り合ったCandidate同士で自然発生的に作るか、地元のワインコミュニティから探すか、あるいはMWのメンターに紹介してもらうか。ロンドンやナパにいれば選択肢は多いが、日本ではそもそもMW Candidateが少ないのでテイスティンググループといっても見つけるのはかなり難しいだろう。オンラインでの参加を模索するのが現実的かもしれない。
テイスティングのレベル感
DiplomaのSATは、外観→香り→味わい→結論の順で客観的にワインを記述するフレームワークで、「この品種の典型的特徴を的確に書けるか」を問う構造だった。MWのテイスティングも外観→香り→味わい→結論という大枠は同じだが、求められる思考が根本的に違う。
MWのテイスティングはdeductiveな推論で、証拠から結論を論理的に導く。「淡いルビー色」という観察から「抽出可能なアントシアニンが少ない品種」という推論を経て「ピノ・ノワール、ネッビオーロ、グルナッシュのいずれか」という候補に絞り、さらに他の証拠(酸度、タンニン、香りのプロファイル)で選択肢を消去していく。Diplomaは「何であるか」を記述したが、MWはそこからさらに「なぜそう判断したか」を論証する。
Stage1もStage2も「品種を特定せよ」だけではなく、「品質と熟成ポテンシャルを比較せよ」「醸造法についてコメントせよ」「スタイル、品質、商業的ポジションを評価せよ」といった問いになり、配点は(年や設問によって比重が異なるが)品種特定が10点、品質・熟成の比較が20点、醸造法が7点、商業評価が12点といった具合で、品種を当てることよりも論証の質のほうに配点の重みが置かれている。
テイスティングの練習方法にも違いがある。Diplomaの練習は「たくさん飲んで経験値を上げる」で成立するが、MWではそれだけでは足りない。David Wayは「単純な反復はフィードバックなしにミスを練習しているだけ」と書いている。MWのテイスティング練習は、ブラインドで飲むこと自体よりも、飲んだ後に「なぜ間違えたのか」を分析し、推論のプロセスを修正する作業が核心にある。
これは意外かもしれないが、MWの試験に出るワインは「典型的な産地の典型的なワイン」であって、トリック問題は出ないそうだ。ただし、典型的なワインを典型的だと見抜くには、その産地のベンチマークとなるワインを繰り返し飲んで体に覚えさせる必要がある。シャブリの鋭い酸、バローロのタンニン構造、マールボロのソーヴィニヨン・ブランの香りプロファイル。こうしたベンチマークとなる"banker wine"を自分の味覚の基準として記憶しておき、ブラインドの1杯をそこに照らし合わせる。IMWは毎年の試験で使用したワインリストを公開しているので、過去の出題ワインを自分で入手して飲むことが最も直接的な練習になる。
理論はどのように対策するのか
Stage2の理論試験は5科目。Candidateによって勉強方法は異なるだろうが、概ね下記のような情報源に当たっている人が多いようだ。
まずThe Oxford Companion to Wine(第5版、Jancis Robinson & Julia Harding MW著)。4,000以上の項目をアルファベット順に収録したワインの百科事典。産地、品種、醸造法、法規制、歴史。MWの参考書というより、手元に置いて引く辞書。
次にViticulture(Stephen Skelton MW著、第2版)。栽培の教科書で、ブドウの生理学から台木選定、病害虫、栄養管理まで14章。商業的な視点が入っているのがDiploma教材との違い。
さらにWine Science(Jamie Goode著)。ブドウからグラスまでのサイエンスを1冊でカバーする。
他にも複数の候補があるが、Wine Myths and Reality(Benjamin Lewin MW著)やUnderstanding Wine Technology(David Bird MW著、第4版)が挙がることが多い。Bird本はもともとDiplomaとMWの受験生向けに書かれたもので、醸造の化学をわかりやすく解説している。
そこから、醸造を深掘りするならHandbook of Enology(Ribéreau-Gayon著、全2巻)。ワインビジネスならWine Marketing: A Practical Guide(Hall & Mitchell著)。品種の百科事典であるWine Grapes(Robinson, Harding & Vouillamoz著、1,368品種収録)は品種同定の参照に使う。World Atlas of Wine(Johnson & Robinson著、第8版)は産地の空間的理解に役立つ。
これ以外に学術ジャーナルも読む。Journal of Wine ResearchはIMWが創設に関わった査読誌で、栽培から経済学まで学際的にカバーしている。American Journal of Enology and Viticulture(AJEV)は醸造・栽培の科学論文。Australian Journal of Grape and Wine Research、OENO Oneもよく参照される。Contemporary Issuesの科目では、こうしたジャーナルの最新論文から出題のヒントを得ることもある。
業界ニュースサイトも理論試験の素材になる。Harpers Wine & Spirit、The Drinks Business、Meininger's Wine Business International、Wine Business Monthlyあたりが主要な業界誌。ビジネスの科目では業界の最新動向を知らないと論じられない設問が出る。OIV(国際ブドウ・ワイン機構)の年次統計データはワインの生産量・貿易量・消費量の根拠として使う。
オンラインではJancis RobinsonのPurple Pages(279,000件以上のテイスティングノート、MW10人を含む22人の専門家による評価)、Wine-Searcher(価格・入手性の調査)、CellarTracker(500万件以上のワインデータベース)が三種の神器。
なお、過去の試験問題はIMWのウェブサイトで5年分公開されていることは前述の通りだ。
実例のストック(example bank)がなければ話にならない
理論試験のエッセイについて、もう少し踏み込んで書く。
Jennifer Docherty MWは、MWに受かるまでの間に「エッセイの書き方を理解する前にひたすら書いても、時間を無駄にするだけだった」と振り返っている。彼女はまず「合格する答案とは何か」を理解することに時間を使い、その後に本数を重ねるアプローチに切り替えたそうだ。
Stage2の説明でも触れたが、合格するエッセイの条件は、論理的な構成、証拠に基づく主張、そしてワインの実例。「気候変動はブドウ栽培に影響を与えている」と書いても0点に近い。「ブルゴーニュでは過去20年で平均収穫日が2週間早まり、2003年には8月中に収穫が始まった。これにより従来のヴィンテージ評価基準の見直しが求められている」と書いて初めて点が入る。主張1つにつき実例1つ以上。1問あたりプランニング15分・執筆45分で750-900語が目安となる。
とすると、実例のストックをどう作るかが合否を分ける。Candidateは「examples bank」と呼ばれる、テーマ別の実例データベースを自分で構築するそうだ。たとえば「気候変動」のテーマなら、ブルゴーニュの収穫日の早期化、イングランドのスパークリング産地としての台頭、オーストラリアの山火事によるスモークテイント問題、ドイツにおけるリースリングの糖度上昇。こうした具体例を産地×テーマのマトリクスで整理する。
MWプログラムにかかる費用
読者が最も気になるであろう費用について整理する。結論から言えば、再受験なしの最短合格でIMWに支払う公式費用だけで 約£17,238(約362万円)かかる。ワイン代や渡航費を含めたプログラム全体の総費用はIMW公式見解で£30,000〜£40,000(約630万〜840万円)とされている。予想はつくと思うが、これでは到底収まらない。
IMW公式費用 £17,238(約362万円)の内訳
出願・入学試験:£324(約6.8万円)
Stage 1 学費:£5,562(約117万円)
Stage 1 受験料(理論&テイスティング):£900(約19万円)
Stage 2 学費:£5,562(約117万円)
Stage 2 受験料(理論&テイスティング):£3,090(約65万円)
Stage 3 登録料(Registration fee):£900(約19万円)
Stage 3 論文提出料(Submission fee):£900(約19万円)
Stage1とStage2の学費に含まれるもの
5日間の合宿セミナーへの参加費
3日間のコースデーへの参加費
MWによるメンターサポート
課題の評価・採点
Candidate専用ウェブサイトや学習資料へのアクセス
IMWイベントの割引チケット
自己負担となる学習コスト
ここからが本番で、公式費用よりも学習プロセスにかかる費用のほうがはるかに大きい。
渡航・宿泊費(年間400万円):合宿セミナー年1回、コースデー年3日、試験で年1回と、少なくとも年3〜5回の海外渡航が発生する。日本からの参加だと1回あたり宿泊込みで80万円程度はかかるだろうから、年400万円は見ておく必要がある。
ワイン購入費(年間???万円):ブラインドテイスティング練習のためのワイン購入が学習コストとして大きく響く。グループでの分担である程度抑えられるが、個人で相当量を用意する必要があり、どういったワインを揃えるか、何人でシェアするかによって総額は大きく変わる。予想がつかなすぎるため、あえて金額は読者にお任せする。
IMW公式の£30,000〜£40,000という見積もりは、主にヨーロッパ圏のCandidateを前提にした金額と思われる。日本から参加する場合、渡航費やワイン購入費が跳ね上がるため、実情はこれを大きく超える。
手元計算では、IMW公式費用 £17,238(約362万円)、これを最短3.5年で終了したとして、合格までの渡航費で1,200万円(年400万円*Stage 3年度は渡航頻度が落ちるため3年分とする)、さらにワイン代???万円となれば、トータル2,000万円は優に超えていくのではないだろうか。
十分な経済的裏付けや雇用主からのサポートがない状態でプログラムを開始するのは現実的ではない。なお、Candidateの負担を軽減するために、ワイン業界の企業や財団(Constellation Brandsなど)が提供する奨学金や渡航費の支援制度も用意されている。
以上。最後に今回使用した参考文献をご紹介。
参考文献・情報源
本記事執筆にあたって参考にした情報は以下の通り。いずれも一次・準一次ソースとして信頼できるものばかりで、MWプログラムについてさらに深く知りたい方の助けになれば幸いだ。
IMW(The Institute of Masters of Wine)公式
MW・Candidateによる手記・解説記事
Richard Hemming MW「A glimpse inside the MW student programme」― 合宿セミナーの実体験(The Odney Club、5日間で150本のワイン)についての記録
Richard Hemming MW「MW research papers available to read - free!」― RPの位置づけとアクセス方法
David Way「My reflections on MW studies」― MW Candidateとして6年間在籍した筆者のリフレクション
David Way「How MW students can improve wine tasting skills」― MWレベルのテイスティング練習法
Jennifer Docherty MW「Tips for the Master of Wine theory exam: Timing and writing」― 理論試験エッセイの書き方
Wine Minx Annie(Annie Edgerton)公式サイト ― Stage 2で撤退した本人の記録
SevenFifty Daily「How the Master of Wine Exam Pushes Students to the Limits」― 新MW3名のインタビュー
書籍(主要参考書)
The Oxford Companion to Wine(第5版、Jancis Robinson & Julia Harding MW編)
Understanding Wine Technology(第4版、David Bird MW著)
Wine Marketing: A Practical Guide(Hall & Mitchell著)
学術ジャーナル
業界メディア
データベース・オンラインリソース
Jancis Robinson ― Purple Pages(27.9万件以上のテイスティングノート)
Wine-Searcher(価格・入手性)
CellarTracker(500万件以上のワインデータベース)
OIV(国際ブドウ・ワイン機構)(年次統計)
人物(本記事内で触れたMW)
なお、本記事中の数値(合格者数・受験者数・合格率など)は原則としてIMW公式発表に準拠しているが、公表時期により細部にズレがある場合がある。正確な最新情報はIMW公式サイトを参照してほしい。また、誤りや古い情報にお気づきの方はコメント等で指摘いただけると、順次反映していきたい。
