見出し画像

星見への手段(車歴編)

FF1500cc
富山に戻ってしばらくは実家のクルマを借りて星見に出かけていたが自由度がないため年末に中古車を購入した。当時四駆の中古一般車はほとんどなく機材の出入れなどの使い勝手から4ドアハッチバックを選定。中古車にも選択肢が少なくディーラー系販売店にあった3年落ちの3万km走行車を車検付きで購入。60万だったか。FF車は雪道ではFRよりも有利であるものの、圧雪の登りでは限界があり雪の峠道で金属チェーンを何度か巻いていたのも良い経験だっただろう。
この1st車は4年間で4万km走ることになるのだが、致命的なトラブルはなかったもののマフラーに穴が空いたり、ジャッキアップするとボディ側の受けがめり込んだりとこの会社特有の鋼板のひ弱さがあったようだ。さらに販売店の対応が非社会的であったりもして、次にN社はないなとの印象であった。

背後が初車 色は選択余地なく赤(当時の単車も赤/白)

四駆1600cc
次車は念願の四駆ワゴンに昇格。ワゴン車が世間に流行り始めた頃で各社から多くの車種が発売されていた。レガシィが一番魅力であったが2000ccクラスには予算が届かず、1600ccクラスの四駆車のなかで一番最低地上高のある車種になった。
これで大概のところに行かれるようになったものの、いかんせん乗用車ベースの最低地上高では底面に余裕がなくダート走行時にはかなりの気をつかうこと、積雪20センチでの限界に直面していた。また15万kmを超えるころからあちこちガタがでてきたので(リア車軸受けベアリング?やハイトコントロールの不作動)このクラスでの限界を感じ、7年16万kmで次の車種を選定することになった。

当時は栂池自然園までマイカー通行OK でも積雪により2km手前でアウト

KZJ95W <6台乗継>
ちょうどRV車ブームでミドルクラス四駆が各社ラインアップされ、パジェロ・チャレンジャー・ビックホーン・ホライゾン・プロシードマービー・レグラス・ミストラル・テラノ・ランクル70・プラド・ハイラックスサーフのほか、ちょうど円高だったためディスカバリー・チェロキーも比較対象となった。このほか、ランクル80やサファリはひとまわり大きく対象外としたなかから選定となると、パジェロは巷に多すぎるうえ 超強気の販売店は高飛車でイメージ悪く、出たばかりのチャレンジャーのほうが気になったもののパジェロ マイナーチェンジ前の旧エンジンを搭載するメーカーの戦略で買う気が失せ(最新エンジン搭載は翌年モデル用に保留とのこと)。ビックホーンは既に友人が乗っていたり、N社は前々車での仕打ちもあって対象外。
バリバリオフロードが目的ではなく長距離での移動や居住性も重要視だったため、選んだのが新型になって2年目の95プラドだった。
もちろんMTでサンルーフが必須装備で、燃料タンク90Lで燃費10km/Lの無給油800kmで走れるのは高ポイントであった。

車内から星見

MT選定とすると「3列目シートレス」の設定がないため、3列目シートを外しシートの固定ボルトにステーを取り付け、荷台板を置いた。荷台板は12mm厚のベニアを切って安価なジュータンを張り付けたものだ。この板は現車でも使用して足掛け30年超になる。この架台板の下には大型三脚4本と中型三脚3本を定位置として板上には様々な機材を置くスペースとしている。

3列目シートは結構ジャマなので
ボルトナット2か所を外す
ホムセンで物色した高さの合う金具とステーを装着
右側も同様
内寸にあわせた板は前後3分割(蝶番で折りたためる)
中央部の両端をボルトナットでステーに固定
中間支柱として塩ビ管を長さを合わせるとタイヤ4本もOK

サンルーフがあることで特に寒冷地での星見には車内から観望ができることができ安心感もある。緊急時には屋根に三脚を立てて撮影することも。
このほかのオリジナルとして、運転席ドアの開閉センサー(車体側の受け裏側)を外しておくとキー付きの状態で運転席ドアを開けても警告音がならなくなる。またリモコンでドアのロック有無時に光るハザードランプが、点かないように設定変更をしている。

運転席ドアのみ外している。

夜間室内光が外に漏れないためにカーテンをマジックテープで脱着できるようにしている。カーテンは端切れ屋さんで尺買いした布を適当にカットして折り目はシールでアイロン張している。これも1stプラドから30年の今でも使っている。

必然的に山道や雪道を走行する機会が多いため、マニュアル操作であることが欠かせなかったのだが、6代目95プラドの選考時には市場にMT車が見あたらずでやむなくオートマ車になってしまった。2020年からは緊張しながらオートマ車を操作している。時に下りのコーナー通過時は戸惑いがある。ODから3速では減速しきれず2速にも落とす、このタイミングが合わない。不本意な(余計な?)フットブレーキを踏んでしまう。そんなにMT車に戻りたいのであれば、数年前の復刻70にMTがあったのだが4Lガソリン車のみ、しかもサンルーフ設定がなかったため購入候補に上がることはなかった。(MTよりもサンルーフ優先)

運転するだけでも 晴れなくとも

この95プラド 1996年の1代目は新車で購入するも2代目以降6代目(~2024)までは中古車での乗り継ぎとなった。95プラドは約27年半の期間に、6台で73.4万kmをともに行動することになった(年平均2.6万km)。
ちなみに1代目は新車車体価格300万だったところ、2代と3代目はともに走行10万kmの中古を100万で購入、ところが4.5.6代目となると玉数も少なくなったためか年式が変わらなくとも(古くなっても)5割くらい高くなっていた。新車市場があがっていることと、人気が再燃した車種となっていたのだろう。実際、搭載の3000ccKD型エンジンはメンテナス性と高出力ともあって下取り時には過走行でも購入価格の半分くらいの値も付いた。(購入から4年+10万km走行)事故って走行不能になった以外の乗換え時には、何らかの不具合(エアコンやベアリングなど)があたったが、エンジンはどれも絶好調だった。オルタネーターの故障が2車であったので、以降には10万kmを超えると早めに交換していた。

1代目 当時、ゲートはなく年末でも1800mの高原に行けた
2代目 どこまで行かれるかアタックも時には重要 ※林道の上り坂
4代目 3代目 ※いづれのナンバーも架空
6代目 5代目 ※いづれのナンバーも架空

5ナンバーワゴン車からの乗り換えた当時は、車格の違いに戸惑いがあったが雪道や悪路での安心感・長期遠征での車内空間など、このサイズの使い勝手が星見にはちょうど良かった。1代目が信号無視のトラックと衝突廃車になっても本人は無傷ですみ、以降も他の選択肢は考えられず95プラドを5回続けていた。5代目まではMT車を乗り継いだ。※ほかの車種でMT車&サンルーフの設定がなかった。
1代目は、まだ若かったので?サスペンションをジオラマに換えたり、マフラー・シート・ステアリングをガナやレカロやモモに換えたり楽しんでいた。2台目以降は自ら触ることは無く、4代目のみインチアップの中古車だった。

1996年から2024年まで乗っていた95プラドで、北は礼文島・利尻のほか南は屋久島まで46都道府県を走行し各地で夜を過ごした。※沖縄県の4島(宮古・本島・石垣・西表)はレンタカーで走行(波照間は徒歩)。佐渡・隠岐などの離島にもプラドで渡って星見をしていたのでこの島めぐりについてはのちの機会にでも

宗谷丘陵からオホーツク
仁淀川にて
屋久島にて総動員
約8km手前から15~20センチの積雪(トレースなし)の林道走行
もちろん夜間もだれも来ず

いいなと思ったら応援しよう!