医療機器メーカーの競争は「測定の先」へ向かうのか― SysmexとSiemensの特許から見えた競争領域の変化 ―
医療機器メーカーの競争力というと、これまでは「どれだけ正確に測定できるか」が重要だったように思える。
しかし近年は、単に測定するだけではなく、その後の診断支援や情報活用まで含めて競争領域が広がり始めているようにも見える。
例えば、検査結果を継続的にモニタリングしたり、AIを用いて画像解析を行ったりすることで、「測定後」の価値そのものが重要になり始めている可能性もある。本記事でいう「測定の先」とは、測定結果そのものではなく、測定後のデータ管理・解釈支援・モニタリング・診療フロー支援など、測定結果の活用領域を指している。
もしそうだとすると、競争の重心は「測定そのもの」から、「測定後に得られた情報をどう活用するか」へ少しずつ移り始めているのかもしれない。
実際、SysmexやSiemens HealthineersのIR資料を見ても、単なる測定機器そのものだけではなく、診断支援や医療情報活用まで含めた方向性が示されていた。
そこで今回は、IR資料で見えていた方向性が特許群にも現れているのかを、両社の特許を比較しながら見てみたい。

1. IRから見る、両社の方向性
まず、両社のIR資料を見ていて印象的だったのは、どちらも単なる「測定装置メーカー」として自社を語っていないことだった。
もちろん、SysmexもSiemens Healthineersも、高精度な検査・診断機器を持つ企業であることに変わりはない。実際、Sysmexはヘマトロジー領域で高いシェアを持ち、Siemens Healthineersも画像診断装置で強い存在感を持っている。
ただ、IR資料で繰り返し語られている内容を見ると、両社とも競争領域をもう少し広い範囲で捉えているようにも見える。
SysmexのIR資料では、「ヘルスケアジャーニー」という言葉が使われていた。そこでは、単に検査装置を提供するだけではなく、
・個別化予防
・予後モニタリング
・検査フロー
・ソフトウェア
・AI活用
などへ領域を広げようとしていることが示されている。
特に面白いと感じたのは、「検体検査領域の拡大としては、診療所や個人も対象として、個別化予防や予後モニタリングなどの展開を図る」という記載だった。
ここでは、検査装置単体ではなく、「測定後にどう活用されるか」まで含めて価値領域を広げようとしているようにも見える。
一方、Siemens Healthineersも似た方向性を示していた。
同社はIRや事業説明の中で、
・imaging
・診断判断支援
・医療情報
・病院全体の業務フロー
などを強く打ち出している。
特に印象的だったのは、「イメージング、治療、診断を組み合わせることを独自の強みとする」という説明だった。
これは画像診断領域に強みを持つ企業というより、「診断プロセス全体」を競争領域として見ているようにも読める。
また、同社の医療情報系サービスを見ると、画像診断そのものだけではなく、病院内の情報連携や診断支援まで含めた仕組みを構築しようとしていることが分かる。
もちろん、IR資料だけで競争構造を断定することはできない。
ただ、少なくとも両社とも、
・測定精度
・装置性能
だけではなく、
・測定結果の解釈
・診断支援
・業務フロー
といった、「測定の先」に関わる領域を強く意識しているようには見えた。
次章では、実際の特許ポートフォリオを見ながら、こうした方向性が技術投資にも現れているのかを整理してみたい。
2. 特許ポートフォリオは、どこへ広がっているのか
IR資料を見る限り、SysmexとSiemens Healthineersの両社とも、「測定装置そのもの」だけではなく、その周辺領域まで視野に入れているように見えた。
では、実際の技術投資も同じ方向へ向かっているのだろうか。
ここでは、両社の特許ポートフォリオを見ながら、どの技術領域へ広がっているのかを整理してみたい。
2-1. Sysmex:検体検査から周辺領域へ
まず、Sysmexの特許ポートフォリオを見てみたい。
その前に簡単に図の見方を説明する。
図の横軸は、その技術領域の特許規模を示し、縦軸は全期間のうち直近期間にどれだけ出願が集中しているかを示している。つまり、右側にあるほど特許規模の大きい技術領域であり、上にあるほど近年の出願比率が高い技術領域と読める。
以上を踏まえると、右下に位置する領域は、長年にわたって蓄積されてきたコア技術領域を示している。一方、左上に位置する領域は、特許規模自体はまだ大きくないものの、近年存在感を高めつつある技術領域と解釈できる。

(※検体検査技術をコアとして、AI・画像解析・医療情報領域へ技術投資が広がっている)
図を見ると、依然としてG01N系統の検体検査技術が、右下に集中しているため、特許規模の大きいコア領域を構成していることが分かる。
特に、
・G01N15
・G01N33
・G01N21
などは、粒子分析・生体試料分析・光学分析といった、Sysmexのヘマトロジーや検体検査を支えてきた技術群である。
これは、同社が長年にわたり検体検査領域を主力としてきたこととも整合的である。
一方で、その周辺(図中央から左上にかけて)では、
・G06N3(AI関連技術)
・G06T7(画像解析)
・G16H40(医療情報)
・G16H50(医療情報)
などの領域も存在感を高め始めていた。
これらは、「検査の周辺」に位置する技術領域と考えられる。
特にG06N3は特許規模自体はまだ大きくないものの、近年比率が高く、AI関連技術への取り組みが近年増え始めている可能性も示唆している。
もちろん、これだけで「AI企業化している」とまでは言えない。
ただ、少なくとも特許ポートフォリオを見る限り、同社が検体検査そのものだけではなく、画像・情報処理・医療情報といった周辺領域にも技術投資を広げていることは確認できる。
特に、G01N系統の検査技術をコア領域として維持しながら、G16H系統の医療情報技術が周辺で存在感を高めている点は、IRで示されていた「個別化予防」「モニタリング」とも一定の整合があるように見えた。
2-2. Siemens Healthineers:画像診断から周辺領域へ
続いて、Siemens Healthineersの特許ポートフォリオを見てみる。図の見方は、2-1と同様である。

(※画像診断技術を中心に、画像解析・AI・診断支援領域へ技術投資が広がっている)
図を見ると、A61B6やA61B5といった画像診断・生体計測系の技術が、特許規模の大きい右下にあり、コア領域を構成していることが分かる。
特に、
・A61B6
・A61B5
・G01R33
などは、X線診断・生体情報測定・MRI関連技術に関する分類であり、同社の画像診断機器事業を支えてきた技術群と考えられる。
これは、Siemens HealthineersがCT・MRI・X線診断装置などを主力事業としてきたこととも整合的である。
一方で、その周辺(図中の中央から左上)では、
・G06T7(画像解析)
・G06V10(画像認識)
・G06N3(AI関連技術)
・G16H50(医療情報関連技術)
などの領域も存在感を高め始めていた。
これらは、「画像をどう解釈するか」に関わる技術領域と考えられる。
特に、G06T7やG06V10の位置は比較的目立っており、単なる撮像装置の高性能化だけではなく、「取得した画像をどう解析・解釈するか」という方向への技術拡張も進み始めているように見えた。
Sysmexでは、検査結果や医療情報との接続が比較的強く見えていたのに対し、Siemens Healthineersでは、画像解析・画像認識といった技術群がより前面に現れている点は印象的だった。
同じ「測定の先」への広がりであっても、その方向性には違いがあるように感じられた。
3. コア技術と周辺技術は、どのようにつながっているのか
ここまで見てきたように、SysmexとSiemens Healthineersの両社では、コア技術の周辺にAI・画像解析・医療情報といった領域が広がり始めているように見えた。
ただし、ここで重要なのは、それらが単なる周辺研究なのか、それともコア技術と一定程度接続された形で進んでいるのか、という点である。
例えば、検査技術と医療情報技術が完全に独立して研究されているのであれば、特許ポートフォリオ上では両方が存在していても、実際の研究コミュニティは分離している可能性もある。
一方で、異なる技術領域が同じ研究コミュニティ内で接続されているのであれば、企業内部で技術統合が進み始めている可能性も見えてくる。
そこで次に、共同発明ネットワークをもとに、どの技術領域同士が同じ研究コミュニティ内で接続されているのかを見てみたい。
3-1. Sysmex:検査技術と医療情報技術は接続されているのか
図4は、共同発明関係から形成した発明者クラスタをもとに、どの技術領域同士が同じ研究コミュニティ内で現れているかを可視化したものである。
各円は技術分類を表しており、円が大きいほど、その技術が多くの研究コミュニティに現れていることを示している。
また、円同士をつなぐ線は、2つの技術が同じ発明者クラスタ内で同時に現れたことを意味している。太ければ太いほど、多くのコミュニティで2つの技術領域が連動しながら研究されていることを指す。

(※同一発明者クラスタ内で3回以上共起した上位技術分類同士を接続)
ここでは、2章でコア領域を形成していたG01N15・G01N33・G01N21といった検体検査系技術を起点として、その周辺技術との接続を見ていく。これらは、Sysmexの中核である検体検査技術群に対応している。
その周辺では、
・G16H40
・G16H50
・G06T7
・G06N3
などの技術も、G01N系統と接続されていた。
G16Hは医療情報や診断支援、G06T7は画像解析、G06N3はAI関連技術を含む分類である。
特に特徴的だったのは、これらの周辺技術が、G01N系統から完全に独立して存在しているわけではなく、同じ研究コミュニティ内で一定程度接続されていた点である。
もし医療情報やAI関連技術が単なる周辺研究に留まっているのであれば、検査技術とは分離したネットワークとして現れても不思議ではない。
しかし実際には、G01N系統を中心としながら、G16H系統やG06T7系統が接続していた。
ただ少なくとも、技術ネットワークを見る限り、Sysmexでは「検査装置を作る」という領域だけではなく、「検査結果をどう扱うか」という領域まで含めて、技術統合が進み始めている可能性は感じられた。
3-2. Siemens Healthineers:画像診断技術と画像解析技術は接続されているのか
Siemens Healthineers側でも、同様に技術接続ネットワークを見てみる。

(※同一発明者クラスタ内で3回以上共起した上位技術分類同士を接続)
ここでは、2章でコア領域を形成していたA61B6・A61B5・G01R33といった画像診断・診断測定系技術を起点として、その周辺技術との接続を見ていく。これらは、Siemens Healthineersの画像診断事業を支えてきた中核技術群に対応している。
図を見ると、A61B系統の周辺に、
・G06T7
・G06V10
・G06N3
・G16H40
・G16H50
などが接続していた。
特に、G06T7やG06V10といった画像解析・画像認識系技術との接続が比較的強く現れていた点は印象的だった。
Sysmexでは、G16H系統の医療情報技術との接続が目立っていた。一方、Siemens Healthineersでは、画像解析・画像認識系技術との接続がより前面に現れている。
つまり、同じ「測定の先」への拡張であっても、
・Sysmex
→ 検査結果をどう活用するか
・Siemens Healthineers
→ 画像をどう解釈するか
という違いがあるようにも見えた。
特に、A61B系統の画像診断技術とG06T7・G06V10が同じ研究コミュニティ内で接続していた点は、単なる撮像装置ではなく、「画像解釈」まで含めた技術統合が進み始めている可能性を示しているように感じられた。
4. 個別特許から見る「測定の先」
ここまで見てきた特許ポートフォリオや技術ネットワークからは、両社とも、コアとなる測定技術の周辺へ競争領域を広げ始めているように見えた。
ただし、技術領域の広がりやネットワーク構造だけでは、「実際に何をやろうとしているのか」までは分かりにくい。
そこで最後に、個別特許を見ながら、「測定の先」でどのような技術統合が進もうとしているのかを確認してみたい。
4-1. Sysmex:検査結果をどう活用しようとしているのか
Sysmexの個別特許を見ると、単なる測定装置そのものだけではなく、検査結果の管理・活用まで含めた構成が意識されているように見えるものが確認できた。
例えば、WO2021221237では、G16H系統の医療情報技術と、G01N系統の検体検査技術が同時に付与されていた。本文からは検査結果を単発で終わらせるのではなく、継続的に管理・活用することを意識した構成が見られた。
また、WO2021187048では、G01N系統に加えて、G06T7系統の画像解析技術が付与されていた。その内容からは画像解析を利用した診断補助に関する内容も確認できた。
ここで重要なのは、「より高性能な測定装置を作る」ことだけではなく、「得られた検査結果を継続的にどう扱うか」という領域まで対象が広がっている点である。
これは、これまで見てきた、
・医療情報系技術との接続
・画像解析技術との接続
とも一定の整合があるように見える。
少なくとも、Sysmexでは「測定」そのものに加えて、「測定後の情報活用」まで含めた競争領域を意識し始めている可能性は感じられた。
4-2. Siemens Healthineers:画像をどう解釈しようとしているのか
一方、Siemens Healthineers側の個別特許では、「画像を取得する」ことそのものよりも、「取得した画像をどう解釈するか」を意識した構成が目立っていた。
例えば、WO2021219822では、A61B系統の画像診断技術と、G06T7系統の画像解析技術が組み合わされていた。本文から医用画像に対する画像から特徴量を抽出し、異常検出や診断補助へ活用することを意識した内容が確認できた。
また、WO2021225570では、A61B系統に加えて、G06N3系統のAI関連技術や、G16H系統の医療情報技術が付与されていた。画像認識やAIを利用しながら、撮像から診断までの流れ全体を支援するような構成も見られた。
ここで特徴的なのは、単に撮像装置の性能向上を目指しているだけではなく、
・画像解析
・画像認識
・診断支援
・ワークフロー最適化
といった領域まで含めて技術対象が広がっている点である。
これは、前章で見えていた、
・画像解析技術との強い接続
・AI関連技術との接続
とも一定の整合があるように見える。
特に、Sysmexでは「検査結果をどう活用するか」という方向性が比較的強く見えていたのに対し、Siemens Healthineersでは「画像をどう解釈するか」という方向性がより前面に現れていた。
同じ「測定の先」への拡張であっても、その広がり方には違いがあるように感じられた。
5. なぜ「測定の先」が競争領域になるのか
ここまで見てきたように、SysmexとSiemens Healthineersの両社では、コアとなる測定技術そのものに加えて、その周辺領域への技術拡張が進み始めているように見えた。
ただし、両社の広がり方は同じではない。
Sysmexでは、検査結果の統合管理やモニタリング、医療情報活用といった方向への接続が比較的強く見えており、「測定後の情報をどう活用するか」という方向へ競争領域が広がっているように見えた。
一方、Siemens Healthineersでは、画像解析・画像認識・AI診断補助・診断ワークフロー支援といった方向への接続が目立っており、「取得した画像をどう解釈するか」という方向へ競争領域が広がっているように見えた。
もちろん、依然として両社のコアは、検体検査や画像診断といった測定技術そのものにある。
ただ、その周辺では、「測定精度」だけでは差別化しにくくなり始めている可能性もある。
測定機器が高性能化・高度化していく中では、
・得られた情報をどう扱うか
・診断や業務にどうつなげるか
・医療現場全体をどう支援するか
といった領域の重要性も高まっていく。
今回の分析からは、両社とも、単なる「測定装置メーカー」としてではなく、「測定の先」にある情報活用や診断支援まで含めて、競争領域を少しずつ広げ始めているようにも見えた。
そして興味深いのは、その広がり方が企業ごとに異なっていた点である。
もし競争の重心が「測定の先」へ移り始めているのだとすると、今後は単なる測定精度だけではなく、
・取得したデータをどう活用できるか
・診断や業務フローへどう組み込めるか
・医療現場全体をどう支援できるか
といった点も、競争力を左右する要素になっていくのかもしれない。
また、「測定の先」という競争領域は、必ずしも従来型の医療機器メーカー同士だけで完結するとは限らず、診断データ管理、医療情報システム、AI診断支援などを巡って、ソフトウェア企業や医療IT企業との競争・協業も重要になっていく可能性がある。
こうした変化は、単なる技術領域の拡張だけではなく、収益構造とも関係している可能性がある。
特にSysmexでは、試薬・消耗品を含む継続収益モデルが事業基盤となっている。そう考えると、「測定の先」への拡張は、単なる装置販売ではなく、検査データの継続活用まで含めた関係性強化を意識している可能性もある。
以上をまとめると、医療機器メーカーを見るうえでも、「どんな装置を作っているか」だけではなく、「測定後の情報活用まで含めて、どこへ競争領域を広げようとしているのか」を見ることが、今後ますます重要になっていくだろう。
次回予告:6/14頃 更新予定
今回は、医療機器メーカーの競争領域が「測定の先」へ広がり始めている可能性を見てきた。ただ、その広がりを支える足元の技術も見逃せない。
次回はSysmexとHORIBAの特許を比較しながら、検査装置と組み合わせて使われる試薬に注目する。
試薬は、単に繰り返し売れる消耗品なのか。
それとも、検査結果そのものを成立させる技術要素なのか。
「測定の先」を支える仕組みを、もう一段深く考えてみたい。
