ピーター・ティールの反キリスト論は甘ちゃんだ――偽預言者パウロの罪を見抜けない最先端エリートたち
ピーター・ティールは、反キリストについて語っている。
それも、酔っ払った終末論者の与太話としてではない。PayPalをつくり、Palantirをつくり、Facebookに初期投資し、シリコンヴァレーと米国政治の裏側を長年歩いてきた男が、ルネ・ジラール、カール・シュミット、カテコン、黙示録を持ち出し、世界の終末を論じている。
なかなか面白い。
現代のIT長者の多くは、AIだ、宇宙だ、効率化だ、生産性だと騒ぐだけで、自分たちが何をつくっているのか分かっていない。テクノロジーが文明のどこへ刺さり、誰の主権を奪い、どの制度を延命させ、どんな怪物を産むのか。そこまで考える者は少ない。
その点、ティールはマシである。
彼は、現代文明のかなり深いところまで降りている。
だが、まだ浅い。
あと一枚、岩盤を剥がせていない。
反キリストの姿は見えている。だが、反キリストを生産する構文が見えていない。
だから甘い。
最先端のエリートでありながら、肝心なところで古典の罠に引っかかっている。
1 ティールの反キリストは、ほぼグロスタである
ティールが恐れている反キリストとは、角の生えた悪魔ではない。
核戦争、環境破壊、感染症、AI暴走、テロ、社会不安。そうした恐怖を材料にして、人類を一つの管理機構へ束ねようとする権力である。
「人類を救うためです」
「平和と安全のためです」
「世界共通の課題に対応するためです」
「専門家の判断に従ってください」
「危険な技術は管理しなければなりません」
「自由には責任が伴います」
こうして、自由は徐々に取り上げられる。
国家の判断は国際機関へ移される。
個人の判断は専門家へ移される。
現場の判断はガイドラインへ移される。
地域の工夫は標準規格へ潰される。
主権者は、クリック一つで規約に同意させられ、信用スコアと本人確認とコンプライアンス研修の檻に入れられる。
世界は救われる。
ただし、誰も自分で考えなくてよい世界として。
オレがこれまで「グロスタ」と呼んできたものは、これである。
グローバルスタンダード帝国。
国境を超えて流通する、単一の正しさ。
法律、会計、金融、教育、医療、環境、安全保障、テクノロジー規制、人権、コンプライアンス。名目は違う。だが、目的関数は似ている。
世界中を同じ配管へ接続すること。
人間を、規格化された部品として運用すること。
ティールは、それを反キリストと呼ぶ。
その点では、オレと一致する。
2 悪魔は「悪魔です」と名乗らない
反キリストは、悪の顔をして現れない。
救世主の顔をして現れる。
これが重要である。
歴史を少し見れば分かる。権力者は、最初から「お前らを奴隷にします」と言わない。
「秩序を守る」
「国民を保護する」
「危機を乗り越える」
「社会的弱者を救う」
「差別をなくす」
「持続可能な未来をつくる」
「子どもたちのために」
この手の善意の言葉が、行政機構へ接続された瞬間に、話が変わる。
善意は予算になる。
予算はポストになる。
ポストは既得権になる。
既得権は規制を増殖させる。
規制は監視を必要とする。
監視はデータを必要とする。
データはAIを必要とする。
AIは、さらに精密な監視を可能にする。
そして最後に、制度側は言う。
「あなたの安全のためです」
これがグロスタである。
反キリストとは、悪事を働く乱暴者ではない。
善意を配管化する官僚である。
救世主の言葉を、運用マニュアルへ変換する秀才である。
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