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房総半島でキョンが野生化した森を見てきた

シカの激しい食害は日本中で見てきたが、同じ偶蹄目シカ科でも、キョンの生息環境は意識して見たことがなかった。房総半島は学生時代から何度も訪れているのに。そこで、新宿でシカ・クマ講演会を開催した後の2月16日に、キョンが特に多い千葉県いすみ市の里山へ、直接見に行ってきた。

キョンとその生息環境はこんな感じ(これはフォトストックの写真)

 キョンは、台湾や中国南部に生息する小型のシカで、日本では1970年代前後から房総半島と伊豆大島で野生化している外来種で、特定外来生物にも指定されている。日本在来のニホンジカよりずっと小さく、猫を大きくしたぐらいとか、柴犬ぐらいの大きさで、家の床下に棲みついて庭の植物を食べられて大変、、、そんな話を聞いていた。

キョンの生息密度(「第 2 次千葉県キョン防除実施計画」2023年 千葉県より)

 ただ、ネットでちょっと検索しても、キョンの痕跡や嗜好性などの情報があまり出てこない。なので、この記事でキョンのフィールドサインの写真や、筆者が現場で感じたことを多く載せておこう。ただし、筆者は植物が専門で、キョンの専門家でも哺乳類の専門家でもないことは断っておく。

昼間は1時間に1本ぐらいの外房線。2両編成のE131系

 声をかけた千葉県の観察仲間とともに友人を誘い合い、集まったのは総勢12人。植物好きを中心に自然に詳しい人たちが集まり、にぎやかな観察会になった。JR外房線の長者町駅からスタートして数百m、踏切を渡ると、さっそくキョンのフィールドサインが現れた。

道沿いの草地が浅く削られている。キョンのひづめの痕もついている

 民家周辺の草地に、浅く掘って地面が露出した場所がいくつもあり、ニホンジカより明らかに小さな蹄の痕がついている。イノシシとは明らかに違う掘り返し跡で、深さ1cm程度しかない。その周囲に、ニホンジカより明らかに小さな長さ7mm前後の黒い糞が散乱している。大粒納豆サイズ、いや、キスチョコと呼ぶべきか。これぞキョンの痕跡だ。

このように疎らに散らばったキョンの糞があちこちで見られた
糞の色は黒みがつよい。この糞は先が尖っていたのでキスチョコみたい

 付近を確認すると、庭に生えたオオアマナと思われる細い葉を結構かじっている。キヅタの葉も大きくかじられていた。この日は、イノシシやテン、イタチと思われる糞を複数見たが、シカやウサギの糞は全く見なかったので、この植物の食痕はキョンと考えて良さそうだ。

有毒植物といわれるオオアマナらしき葉にも食痕が多く見られた
キヅタについた食痕。右のテイカカズラには基本、食痕はなかったが、この写真では少しかじられているようだ

 このあたりに住んでいる人は、毎日のように庭でキョンを見るという。その噂通り、キョンの足跡や掘り返し跡は、民家の庭にも多数見られ、車沿いにずっと続いていた。その周囲に、艶やかな糞も散乱。足跡も糞も新鮮なものが多く、当日についたと思われるものも多かった。本当にこの辺りにはキョンが多いようだ。

ニホンジカに比べるとびっくりするほど小さなキョンの足跡

 クズやササが茂る空き地のやぶには、高さ30cm程度の低い獣道のトンネルが多数ついていた。その入口には、やっぱりキョンの糞と足跡。ニホンジカやイノシシの獣道より明らかに小さい。

地面がえぐられており、糞も散乱していたキョンの獣道

 集落の中では、フェンスの下の20〜30cmの隙間にも、キョンの獣道がついていた。まさにネコサイズの獣道の印象だが、糞も足跡もあり地面がえぐられてるから、キョンがメインで使っているのだろう。

フェンスの下の狭い隙間もキョンは通り抜けてしまう

 別の庭の生垣の下にも獣道あり、そこにはキョン対策と思われる高さ30cmほどの金網のワイヤーメッシュ柵も設置されていた(下写真)。こんなに低い柵は初めて見たが、すぐ隣にも別の獣道が多数できていたので、あまり役に立っていないようだった。住民のご苦労が読み取れる。

キョンの獣道に設置された小型のワイヤーメッシュ柵

 田畑に柵はさほど多くなかったが、高さ60cm前後の電柵や網などがちらほら設置されていた。草刈りをしていた男性に話を聞くと、イノシシとキョン対策の柵だとのこと。キョンは昼間でもヤブのようなところで見ることがあると話してくれた。でも、鳴き声は昼間には聞かないという。

 キョンの鳴き声は、犬が吠えるような不気味で大きな声で知られ、分類上の属名もホエジカ属となっている。一方で、か弱い声でも鳴き、それが「キョン」と聞こえることが名の由来との説もあるとか。今回、不気味な大声を聞くことはできなかったが、「キュー」と竹がこすれるような声が、やぶの中から一度だけ聞こえてきた。

この日の調査でキョンで糞の数がもっとも密集していた例

 キョンはニホンジカ以上に、歩きながら糞をよくするようだ。あちこちに小さな糞が散乱しているので、近くにある食痕などのフィールドサインがキョンのものだと特定しやすかった。最も糞がよく集まっていたものでも、上の写真程度だ。下写真のように、糞は時に塊になることもある。

塊になったキョンの糞

 結局、午前中は誰もキョンを目撃できなかったが、午後から相次いでキョンを見ることができた。まずは僕が、民家の庭を走って横断するキョンを目撃。次に、道路沿いのため池の土手の草を食べていたと思われるキョンを同行者が発見。キョンはすぐに土手を駆け上がり、向こう側の水路に降りて隠れたが、その水路から山の斜面に登っていくキョンを僕も見ることができた。

目撃したキョンはこんな赤茶色だった。写真はフォトストックより

 その後も16時台に、集落内の車道を横切るキョンをみんなで目撃。そのすぐそばで、空き地の草むらに隠れる個体もいた。合計4匹を目撃することができた。大きさはまさに柴犬程度で、色は比較的鮮やかな赤茶色の印象。すばしっこくてすぐ隠れるので、今回は写真を撮ることはできなかった。

林床植物がほとんどなくなったシイ・カシ林

 キョンの食痕をすべてチェックしたわけではないが、少なくともカシ類、ヒサカキ、ヤブツバキ、ヒメユズリハ、マユミ、ササ類、スゲ類などがかじられているのを確認でき、ニホンジカ同様に多くの草木を食べるようだ。

 この日歩いた林で、キョンの食害がもっとも激しかった場所が上の写真だ。スダジイ、アラカシ、コナラ主体の樹林で、下草(林床植物、下層植生)がほとんどない。暗い照葉樹林では、大型草食獣がいなくても下草がほとんどない林は存在するが、ここは特別暗くはなかったことに加え、すぐ隣の伐採跡地にキョンの食痕が多数あり、シカによる樹皮食痕も見かけなかったので、キョンの食害で下草がなくっていると推測できた。明らかに土壌が流出しており、養分流失や土砂災害のリスクも高まっているだろう。

キョンの痕跡が多かった伐採跡地。細い棒状の幹がカラスザンショウの幼木

 隣の伐採跡地では、カラスザンショウの幼木が異常に多数生えていた。逆にそれ以外の植物は少なく、点在していたアラカシは激しい食害を受けており、地上80cm以下の葉がほとんどなくなっていた。刺と香りのあるカラスザンショウはキョンに敬遠され、そればかり残ったのだろう。

伐採跡地でキョンの激しい食害を受けたと思われるアラカシの幼木

 なお、同様に強い香りがあるコクサギやクスノキ、フキなどもあまりかじられずに残っていた。シダ類では、ニホンジカの場合と同様に、オオバノイノモトソウばかりが残った場所も道沿いに多く見られた。

オオバノイノモトソウだけが残った清水寺の斜面。日本中で増えている光景

 こうして、草食動物が増えすぎた森では、不嗜好植物ばかりが生い茂り、植物を知る人にしか気付けないレベルで、生物多様性がどんどん下がってゆく。
 なお、キョンが特に好むといわれる、アオキとカクレミノの幼木は今回見かけなかったのは、恐らく全て食べられているからだろう。1m以上の場所に葉をつけたアオキやカクレミノは複数箇所で確認できた。

キョンが嫌うハナミョウガとイズセンリョウばかりが残る林内

 途中に訪れた清水寺周辺の林内では、ハナミョウガやイズセンリョウ、アリドオシばかりが多く残っている場所が多かった。スギ・ヒノキ林の林床が一面ハナミョウガに覆われた場所もあった。しかし、イズセンリョウやアリドオシには、食痕も認められた。特にアリドオシは、キョンにかじられつつも、株が小さくなっても刺を増やして生き延びている個体が目につき、両者のせめぎ合いが印象的だった。

キョンの食害を受けたアリドオシ
手前はキョンの食害で小型化したアリドオシ。奥の斜面には大きな個体が群生していた

 ちなみに、事前にAIにキョンの嗜好性を尋ねたら、「シカが食べないアリドオシも食べる」と回答してきたが、これはちょっと誤解があるだろう(確かに千葉県の報告書にこうした記述がある)。アリドオシを好んで食べる訳ではなく、他の植物が減ったから刺のあるアリドオシも仕方なく食べている、という印象で、これはニホンジカでも他の植物でもよく見られる現象だ。現に、大きなアリドオシが群生している場所もあったし、ヒイラギも同様にキョンに激しくかじられた個体があった。

 こうした情報は、現地を訪れて総合的に確認しないとわからないことで、AIと限られた報告書だけで判断したら、間違った解釈をしてしまう典型例とも言えるだろう。フィールド調査は何より大事である。

トベラの幹についたキョンの角研ぎ痕と思われる傷

 今回、キョンが樹皮をかじったと思われる食痕は見かけなかったが、角研ぎをしたと思われる痕跡が、幹径10cm程度のトベラで2本、カクレミノで1本確認できた。ニホンジカよりも明らかに低い位置で、角はより細い印象だった。

なぜか清水寺の裏で死んでいたアオジ

 キョン以外にも、ヒヨドリが猛禽類に襲われた現場、アオジの死体(上写真)を見つけたり、房総で珍しいシャシャンボ、南方系つる植物のサカキカズラ(下写真)やシタキソウも見ることができた。シダの先生もいらしたので、ヤブソテツ類やトウゴクシダなどの見分け方を学べたのもよかったし、大型のコモチシダがたくさん生えた崖も印象的だった。

サカキカズラは有毒のキョウチクトウ科なので食害はなし

 歩行距離13キロ、7時間。ヘトヘトになったけど、1日でかなりキョンの実態を掴むことができて、充実のアニマルトラッキング(動物追跡調査)になった。
 千葉県では年5000〜1万頭前後も捕獲されているというキョン。その大半は廃棄されていると思われるが、駆除だけでは野生動物問題は解決しない。命をいただくからには有効活用するのが道理なので、次回はキョンの肉を利用したカレーなども食べに行ってみたい。


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