日本のトップミュージシャン / 国民的グループ『SMAP』について
『SMAP』は、1991年にジャニーズ事務所からデビューした日本を代表するミュージシャン、エンターテイナー集団。ジャニーズの中で唯一、アイドルではないグループである。このグループは日本のエンターテインメント業界に旋風を巻き起こし、アジアで最も成功したボーイ・バンドとなった。そのため、日本では「日本の宝」「日本のビートルズ」と呼ばれることがある。彼らをアイドルとして見た場合、韓国で例えれば第1世代アイドルのH.O.T、アメリカであればNew Kids On The BlockやBackstreet Boys等に近いポジションだとされている。

1988年の結成から2016年に解散するまで活動は28年間におよび当初はごく普通のアイドルだったが、次第にメンバーたちが様々な分野でも成功を収め、グループ自体もミュージシャンへと成長した。以後、最終的にはアイドルグループではなく『国民的グループ』と称されるようになった。New Kids On The Block、TAKE THAT、EAST17といったアメリカやイギリスのボーイ・バンドをベンチマークし、「面白いお兄さん」「ストリート的なイメージ」「高い音楽性」「マルチタレント」といった要素も加えてそれまでの主流だった王子様路線の男性アイドルとは異なるグループとして活躍した。代表曲に「世界に一つだけの花」「らいおんハート」「夜空ノムコウ」「がんばりましょう」「SHAKE」「俺たちに明日はある」「青いイナズマ」「ダイナマイト」「$10」「オリジナルスマイル」「君色思い」「ありがとう」「Dear Woman」「BANG!BANG!バカンス」などがある。総売り上げ枚数は、約3500万枚以上(~おおよそ4000万枚)を記録している。

ジャニーズ事務所のアイドルを含む日本の男性アイドルグループ、ダンス&ボーカルグループの中で最も歌とダンスの実力、音楽性の高さ、エンターテイナーとしての能力が優れており、後年に登場するDA PUMPやEXILEなどのボーイズグループやダンスグループでもSMAPを超えることは不可能だったほど日本国内では多大な影響力を持つモンスターグループである。1990年代後半以降、彼らの活躍に影響を受けたり、活動方式をベンチマークしたりする男性アイドルグループも多数デビューした。ライジングプロダクション(DA PUMP、w-inds.、Leadなど)、LDH(EXILEをはじめ三代目 J Soul Brothers、GENERATIONS)、スターダストプロモーション(DISH//、超特急、M!LKなど)、エイベックス(AAAなど)といった芸能事務所やアイドルたちが代表的に挙げられる。また日本国内に限定した場合でもBackstreet Boys(800万枚)、EXILE(2400万枚)、三代目 J Soul Brothers(1000万枚)といったボーイズグループよりも売り上げが高く、対抗馬だったDA PUMP(700万枚)と比較した場合でも5倍以上の売り上げを保持しているため、日本では間違いなくトップレベルのアーティストだと言えるだろう。

※SMAPの全活動にはいくつかの期間に区切ることができる。
1.アイドル期 / 1988年~1993年
2.ブレイク期 / 1994年~1995年
3.全盛期 / 1996年~1998年
4.過渡期 / 1999年~2000年
5.低迷期 / 2001年~2002年
6.安定期 / 2003年~2006年
7.衰退期 / 2007年~2016年

SMAPは活動期間が長かったため、世間一般または一部のファンにはずっと売れ続けていたような印象を持っている人もいるが、グループとしての人気のピークはやはり1996年~1997年頃であり、2000年代後半以降は後輩グループである嵐とポジションが入れ替わる形となる。また2001年~2005年までの期間はジャニーズアイドルの勢いが低迷しており(大衆的に人気を得ているアイドルグループはSMAPを除きほぼ不在していた)、この時期にはライジングプロダクションの男性アイドル、ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト出身の若手俳優(いわゆるイケメン俳優)、LDHのEXILE、オレンジレンジなどのアイドルバンドなどが人気を得ていた。
◎ミュージシャンとしての側面

SMAPがデビューした1990年代は歌って踊るアイドルが売れなかった時代であり、世間的にも「アイドルなんてダサい、ジャニーズ好きなんてダサい」といった風潮があった。そんなアイドル冬の時代の中でSMAPはブレイクし、下火だった男性アイドル(ジャニーズ)人気を復活させる役割を果たした。そして当時のSMAPに関わるスタッフや制作陣たちも試行錯誤でSMAPをただのアイドルとして育てるのではなくミュージシャンのようなイメージを打ち出そうという戦略をとっていた。このため、シングルやアルバムのジャケット写真にはメンバーたちが映っていない作品も多数ある。当時、アイドルが発売するCD(レコード)ジャケットは本人の顔写真を掲載するのが基本であり、顔写真が掲載されないのは極めて稀であったが、レコード会社も「本人の顔写真を極力使わない方向でCDジャケットを製作する」との意向を示していた。その為、音楽雑誌からは「ミュージシャンの真似をしている」と冷笑されたり、「アイドルが音楽を真面目に取り組んでいくのか?」と嫌味な記事を書かれたりもした。

しかし、次第にメンバーたちも作詞、作曲、振り付け、コンサート構成や演出など自らセルフプロデュースを行うようになり、アルバムにおいても世界の第一線で活躍している海外ミュージシャンを数多く起用するなどグループ自体もミュージシャンとしての側面を見せ始めるようになっていった。プロモーションビデオに関しても当初からあまり力を入れておらず、ミュージシャン・アーティスト路線を目指していくということで2000年代前半まではあまり制作されていなかった(2000年代後半以降は毎回制作されるようになった)。また10代~20代の頃はメンバーそれぞれの活動が多忙だったこともあり、プロモーションビデオを作る時間があまりなかったという。このため後年に発売されたPV集(Clip! Smap! コンプリートシングルス等)では映画やビデオ作品からの歌唱映像やコンサートのライブ映像に差し替えられて収録された。
※初めて大衆的にヒットした楽曲

SMAPはデビュー以後、「$10」「Hey Hey おおきに毎度あり」「がんばりましょう」「俺たちに明日はある」「青いイナズマ」「SHAKE」「ダイナマイト」といった人気のある曲があったが、これらの作品はファンや若者中心に人気を得ていた程度であり、大ヒットしたとは言えなかった。よって初めて大衆的にヒットし、成功を収めたのは27枚目のシングル「夜空ノムコウ」である。メンバーと同世代(ロストジェネレーション)の社会人の心情を代弁したものと評され、この曲が世評に合致してヒットすることによりSMAPは全世代の支持を受けることになり(ファンではない、SMAPに興味のない一般層まで)、初のミリオンヒットを記録した。以後、同じジャニーズの後輩グループや他の男性アイドルとの差別化を図るため、グループのターゲットを若年層から高齢者に変更。そしてこの『夜空ノムコウ』の路線を受け継いだ「朝日を見に行こうよ」「らいおんハート」「世界に一つだけの花」「友だちへ~Say What You Will~」「Triangle」「ありがとう」などお年寄りでも覚えやすい、分かりやすいスローテンポ(バラード調)の楽曲を発表する事例が増えていった。

2003年にリリースされた「世界に一つだけの花」は21世紀で最も売れたシングルで日本の歴史上3番目に売れたシングル。また学校で使用される教科書に掲載され、子供たちが幼い頃からこの歌を学ぶように教えられることから日本で最も認知されている曲となっている。しかし、その一方でこの歌をあまり好きではないという視聴者も圧倒的に多いのも事実である。売り上げ面で見た場合、一番売れた曲ということになっているが、世間一般では「夜空ノムコウ」や「らいおんハート」の方が好きだという人が非常に多く『SMAP = 夜空ノムコウ』と捉えている人も少なからず存在する。
