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読書ノート|甲斐義明『ありのままのイメージ―スナップ美学と日本写真史』第2章「新興写真と小型カメラ:新たな視覚世界」

要約(第2章の丁寧な要約)

第2章は、日本のモダニズム写真運動=新興写真の文脈で、「小型カメラ」がどのように導入・理解され、その結果として「スナップ」というジャンル/制度と「スナップ美学」が形をとっていったかをたどる章である。著者は、ライカを代表とする小型・高性能化が、当初は「風変わりなアングル」や極端な視点移動といった異化(ディファミリアリゼーション)の装置として歓迎され、やがて「自然な」映像の追求へと受容が移る過程を描く。後者の受容が定着するとき、単なる撮影技術ではないジャンルとしてのスナップと、それを支えるスナップ美学が成立する、というのがこの章の芯である。

  • 1節「スケッチ写真」では、1920年代の日本の写真言説においてスケッチ写真がどのように語られ、のちのスナップ概念と連続/断絶をもつかが整理される。スケッチ写真は“素早い習作”という意味合いだけでなく、のちの「気づかれぬ被写体を手持ちで素早く撮る」という専門用語的スナップの規範と部分的に重なりつつ、評価軸はまだ感情や主観に重いピクトリアリズム的基準を引きずっていたことが示される。

  • 2節「ライカの登場と『新しい視覚』」では、1925年のライツ社ライカA型の発売とその後の改良(1932年の距離計、35mm判レンズの標準化など)を背景に、小型カメラが非日常的な視点(俯瞰/煽り/極端なクローズアップ/回転画面)やフォトモンタージュ等を通じてモホイ=ナジやヴェルナー・グレーフらのネイエ・ジヒト(新しい視覚)に結びつく経路が示される。ここで写真はもはや単なる再生産(複製)にとどまらず、現実把握を新しく生産する媒体とみなされるようになる。

  • 3節「異化と自然さ」では、新興写真の初期を特徴づけた異化の効果(ロシア・アヴァンギャルド、ロトチェンコ、エイゼンシュテイン、ヴェルトフらの実践)と、1930年代に日本で台頭してくる**「自然さ」志向との緊張と併存が描かれる。構成(コンストラクティブ)と非構成(ノン・コンストラクティブ)が過渡的**に共存し、その往還の中から「ジャンルとしてのスナップ」が定着していく。

なお、当時の批判的空気として、伊奈信男が**「似而非新興写真芸術のインフレーション」を嘆く記述が引かれ、実験的・異化的な写真に対する風当たり**も紹介される(新興写真の受容の複雑さを示す材料)。

論点整理(詳細)

1)スナップは「技法」ではなく「ジャンル/制度」

  • 日常語としての「スナップ」(即興的に撮った写真)と、写真界の専門用語としてのスナップ(気づかれぬ被写体を手持ちで素早く撮る)を峻別。後者は日本の写真文化の中で特別な意味を帯びてきた。

  • 本書の目的自体が、日本の写真文化を形作ってきたスナップ美学の存在を示すことにある(歴史叙述=制度史としての関心)。

2)小型カメラの二段階の受容:①異化の装置 → ②自然さの装置

  • 初期はライカを“目の延長”というより機械視覚による新奇な視点を得るために活用(ネイエ・ジヒトの日本的受容)。

  • 次第に**「自然に似ている」映像への期待が高まり、非演出/自然さが価値として前景化。ここでスナップが独立のジャンル**として制度化されていく。

3)「再生産(複製)」から「生産」へ:写真観の転換

  • 写真は“現実の写し”ではなく、構図・視点・モンタージュ等を通じて現実認識を新たに生産するメディウムだというモダニズム的転回。

4)構成/非構成、異化/自然さの弁証法

  • 新興写真の実践は、構成主義的手法(角度・切断・コラージュ)と、非構成/自然を良しとする態度が併存しつつ展開した。その緊張が日本的スナップ美学の“座りの悪さ”=過渡性を特徴づける。

5)当時の反発と評価軸の移動

  • 実験的写真への批判(伊奈信男の言説など)がありつつ、評価軸が「感傷的ピクトリアリズム」から離脱していく動きも並行していた。

用語解説(初学者向け)

  • スナップ(専門用語):**「カメラに気づいていない被写体を、手持ちで素早く撮る写真」**という規範を含む日本写真界の用語。一般語の「即興撮影」とはズレがある。

  • スケッチ写真:1920年代に語られた“素早い習作”的撮影・表現。のちのスナップと連続しつつ、当時はまだ感情/主観の価値づけが強かった。章内の言説整理で、その後のスナップの制度化への踏み石とされる。(作例参照:中島謙吉「スケツチの面白味」ほか)

  • 新興写真(モダニズム写真):1920年代後半~30年代の、欧米モダニズムの受容を通じて新しい視覚構成的手法を取り入れた日本の写真運動。

  • ライカ(Leica):1925年のライカA型に始まる35mm小型カメラ。1932年には距離計連動レンズ規格の整備が進み、小型=高機動・高画質の組み合わせがスナップ運用を現実化。

  • ネイエ・ジヒト(新しい視覚)モホイ=ナジらが主導した写真・映画の前衛的潮流。俯瞰/煽り/極端な接写/画面回転、フォトモンタージュ等で日常を見慣れないものとして提示。

  • 異化(ディファミリアリゼーション):ロシア形式主義(シクロフスキイ)に由来する、見慣れた対象を見慣れなくする効果。ロトチェンコ、エイゼンシュテイン、ヴェルトフらが写真・映画で展開。

  • 構成/非構成:前者は意図的に画面を組み立てる態度(構成主義的、モンタージュ等)、後者は現場性・自然さを重んじる態度。1930年代日本では両者が併存し、スナップ美学の土壌となる。

批判分析(本章に即して/平易に)

  1. 「自然さ」概念の歴史性
    本章は、小型カメラの受容が異化→自然さへ移行する過程を描く。しかし「自然さ」は歴史的に構築された見方であり、シャッター速度・レンズ焦点距離・距離計の普及といった技術条件によって作られた**“見え”の自然化に過ぎない。著者の叙述からも、ライカの仕様進化が「自然さ」を支えたことが読める。つまり、自然さは文化‐技術的な制度**であって、本来的・普遍的な価値ではない。

  2. 「ジャンル/制度」化がもたらす排除の問題
    スナップが制度化されると、専門用語としてのスナップの規範(「気づかれぬ被写体」「手持ち」「素早く」)が規格となり、他の実践を周縁化する可能性がある。1920年代のスケッチ写真に含まれた曖昧で多様な実験は、後のスナップの“純度”観によって価値づけを下げられる恐れがある。制度史としての読みはその可視化に貢献するが、同時に多様な実践の位相を見落とさないことが重要である。

  3. 「再生産→生産」転回の両義性
    写真を現実の生産装置とみなすモダニズムの見方は、創造性の根拠を強化する一方で、恣意的な構成を“現実のより真な把握”として正当化しやすい。新興写真はこの創造と恣意の綱渡りを続け、その張りつめが日本的スナップ美学の緊張(異化と自然さの共存)を生んだと解せる。

  4. 受容史における反発の位置づけ
    伊奈信男の**“インフレーション”批判は、制度化・流行化の副作用(図像の陳腐化)を早期に指摘する。こうした同時代の懐疑があったからこそ、スナップの規範が鍛えられ**、日本的なバランス感覚(構成/非構成の往還)が醸成されたとも読める。


参考文献(本章で参照された主な典拠・情報源)

  • 甲斐義明『ありのままのイメージ―スナップ美学と日本写真史』東京大学出版会、2021年。[本読書ノートは本書本文に基づく。]

  • ライカと小型カメラの普及・仕様に関する節(第2章)。

  • モダン・フォトグラフィ/ネイエ・ジヒト(モホイ=ナジ、ヴェルナー・グレーフ等)の紹介箇所。

  • 異化の概念とロシア・アヴァンギャルド(ロトチェンコ、エイゼンシュテイン、ヴェルトフ)に関する言及。

  • 1920年代のスケッチ写真言説・作例(中島謙吉ほか)。

  • 伊奈信男による新興写真批判の引用。


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