返礼からはじめるニューマテリアリズム——佐藤竜人論文を「地図」にして、ベネット/バラッド/『マテリアル・セオリーズ』を読む
0|いま手元にあるもの(ここから始める)
いま私の机の上には、次の4点がある。
佐藤竜人「新しい物質主義の展開と可能性」(論文)
ジェーン・ベネット『震える物質——物の政治的エコロジー』
カレン・バラッド『宇宙の途上で出会う——量子物理学からみる物質と意味のもつれ』
北野圭介編『マテリアル・セオリーズ——新たなる唯物論にむけて』
この並びは、ただの積読の列ではない。
「なぜニューマテリアリズムか?」という問いを、思想紹介で終わらせず、読むことで自分の記述と倫理が変わるところまで運ぶための順番を作れる。
この記事はそのための、私家版エッセイ兼・読書ノート兼・読書計画である。
1|なぜニューマテリアリズムか?(問題意識:返礼の置き場)
私がニューマテリアリズムに惹かれる入口は、いきなり「存在論」や「科学論」ではなかった。
もっと日常的で、うまく言葉にできない違和感だった。
たとえば、道具。
良い道具は使われ、磨耗し、いつか消える。
そこには誇らしさもある。でも同時に、何かが引っかかる。
使わせてもらった、という感覚。
磨耗して消えていく存在への、かすかな敬意。
それを私は、どこに置けばいいのだろう。
アクターネットワーク理論や「人とモノの関係」を語る枠組みは、たしかにモノを重要にする。
けれど、モノはたいてい「関係のなかの存在」として扱われて、最後まで残るのは「関係の説明」だったりする。
私が置き場を失っていたのは、返礼だった。
ベネット『震える物質』の序をめぐるある文章は、この感覚をはっきり言語化してくれた。
そこではベネットの狙いが、ふたつに分けて掴み直される。
哲学的目論見:
物質を「受動的で機械的なもの」「人間や神の目的のための素材」とする早合点を、ゆっくり解きほぐすこと。政治的目論見:
物質の活力を認めることで、人間中心主義的な傲慢を抑え、より品位ある政治へ向かうこと。
ここで重要なのは、モノが単なる背景ではなく、効力を発し、差異を生み、出来事を変えるものとして扱われる点だ。
つまり、モノは沈黙していない。震えている。
この「震え」を認めることは、モノを神格化することではない。
むしろ、私がすでに物質的諸力に巻き込まれていることを認め、巻き込まれ方に責任を持つことだ。
だから私にとって「なぜニューマテリアリズムか?」は、流行の思想の選択というよりも、
返礼の置き場を取り戻すための読書として始まる。
2|佐藤竜人「新しい物質主義の展開と可能性」読書ノート(最初に作る地図)
ニューマテリアリズムは、読み始めると話題が移動する。
表象主義批判
人間中心主義批判
科学(量子論・テクノサイエンス)
フェミニズム/生政治
資本主義分析
倫理と政治
この移動のせいで「わかった気がする」だけが増え、読書が散らかりやすい。
そこで最初に必要なのが、論点の地図である。
佐藤竜人論文がくれる最大の助けは、ニューマテリアリズムを3つの軸に整理してくれることだ。
私はこれを、今後読む本すべてに押す「スタンプ」として使う。
2-1|ニューマテリアリズムの基本3点:A/B/Cスタンプ
A:二元論+表象主義批判
主体/客体、文化(人間)/自然(物質)という切断を前提にしない。
さらに「世界は正しく表象できる」という素朴さ(表象主義)を疑う。
B:物質の行為体性(agency)
行為するのは人間だけではない。
物質もまた、出来事に効力を持つ。
C:物質‐言説の存在=認識論(onto-epistemology)
「知ること」と「あること」を別々に扱わない。
絡み合いの内部で、知の成立条件そのものを組み替える。
実務的な使い方:
各章を読み終えたら、A/B/Cのどれが一番動いた章だったか、1行で記録する。
「これはBの章」「これはCを鍛える章」——それだけで迷子が減る。
2-2|ニューマテリアリズムは1枚岩ではない:3つの潮流(入口の違い)
佐藤論文はニューマテリアリズムを、概ね次の潮流として捉える(入口が違う)。
ポストヒューマニズム系:無機的物質にも創造性や過剰さを見出し、人間と物質を再配置する
フェミニズム系:身体・生命・生政治を、言説分析だけでなく「物質性」の側から再記述する
批判的物質主義系:資本主義や社会経済を、より広い地政学・環境・技術の連鎖として捉え直す
入口が違うまま同じ「ニューマテリアリズム」を読むと、混乱するのは当然だ。
だから私は、最初に「どの入口から入るか」を仮決定し、あとで横移動する読み方を選ぶ。
2-3|ベネットとバラッド:同じニューマテリアリズムでも何が違う?
佐藤論文が強調する差分は、両者の違いが「agencyの捉え方」に出ることだ。
ベネット:行為体性を「効果」「軌跡」として捉え直し、行為体は単独ではなくアセンブリッジとして働く
バラッド:行為体性を「あらかじめ配分された性質」としてではなく、境界を揺るがし得る可能性として捉え直す(内部作用/行為体的切断)
この差分が、読書計画の芯になる。
ベネットは「返礼」を倫理にしやすい。
バラッドは「知の成立」を内部から組み替えやすい。
2-4|避けて通れない難問(読書の最後に当てる採点表)
佐藤論文は、ニューマテリアリズムが抱えやすい難問もはっきり出す。
フラットな存在論の問題:
すべてが行為体なら、重要性や非対称性(とくに人間の巨大な力)をどう扱うのか。観客としての主体の反復:
外部の観察者批判をしつつ、結局「説明する私」が安全地帯に立ってしまわないか。
私はこれを、最後の反省ではなく、最初から携帯する注意事項として持つことにする。
3|このチャット「新しい物質主義の読み方」全体を通したエッセイ
——“理解する”より、“記述が変わる”読書へ
ニューマテリアリズムの読書は、「理解」だけを目標にすると危ない。
理解はしばしば、世界の外側から説明する立場を温存してしまう。
私が目標にしたいのは、もっと具体的な変化だ。
ものごとの因果を、人間の意図だけで書かなくなる
知の成立を、外部の観察者ではなく配置(装置・制度・方法)の問題として書けるようになる
その結果、倫理や政治の語り口が変わる
そのために、私は読み方を次のように定める。
3-1|A/B/Cスタンプで「迷子」にならない
各章を「これはA」「これはB」「これはC」と分類する。
細部の理解が追いつかなくても、読書が積み上がる。
3-2|ベネットとバラッドは「対立」ではなく「作業分担」
ベネット:世界をアセンブリッジとして描く力(Bの強化)
バラッド:境界がどう作られ、何が排除され、客観性がどう成立するかを描く力(Cの強化)
両方を読む理由は、片方がもう片方の盲点を照らすからだ。
3-3|抽象語を追わず「自分の事例」を固定する
私は、最初から事例をひとつ持つことにする。
道具(磨耗、修理、手入れ、消耗)
写真(撮る/撮られる/撮らされる)
通知、物流、電力、アルゴリズム
食、睡眠、薬、ホルモン、天候
研究/制作の装置、方法、採用と排除
各章ごとにこう問い直す。
この概念は、私の事例の「何を言い直す」道具になる?
この問いがある限り、ニューマテリアリズムは「世界観」ではなく「記述の技術」になる。
4|読書計画(佐藤論文を元に、3冊を読む:章指定つき)
ここから具体的な計画を書く。
方針は単純で、**通読よりも「核を取る→接続する→必要に応じて戻る」**を優先する。
Phase 0(最初の2回):佐藤論文で地図を作る
やること(短くてOK)
A/B/Cを自分の言葉で各200字
「自分の入口」はどれか(ポストヒューマン/フェミニズム/批判的物質主義)
自分の事例を1つ決める(返礼が発生する場面)
Phase 1(2週間):ベネット『震える物質』で「返礼」とB(agency)を身体に入れる
まず読む(おすすめ順)
序(この本の目的の確認)
第1章「物の力」
第2章「アセンブリッジの媒介作用」
第7章「政治的エコロジー」
第8章「活力と自己利益」
余力があれば(刺さる事例を選ぶ)
第3章/第4章/第6章(食、金属、幹細胞…)
このフェーズのノート課題
自分の事例をアセンブリッジとして書き出す(人間以外を最低10個)
「人間以外を主語にした文」を10本書く
例:通知音が注意を切断する/湿度が判断を鈍らせる/レンズが未来を呼び出す…
Phase 2(3週間):バラッド『宇宙の途上で出会う』でC(存在=認識論)の芯を取る
バラッドは大著なので、最短ルートで「核」に触れる。
最短で芯を取る(おすすめ順)
第1部「問題=物質になることの科学と倫理」
第1部「回折」
第2部「ニールス・ボーアの哲学‐物理学」
第2部「エージェンシャル・リアリズム」
第3部「知ることの存在論、生成の内部作用、問題=物質になることの倫理」
余力があれば(現代の装置へ寄せる)
第3部「時空の再構成/再形象化」
第3部「量子もつれ」
このフェーズのノート課題
自分の事例について「装置(apparatus)」を3つ挙げる
例:カメラ/SNSの投稿仕様/検索・推薦アルゴリズム/学会制度/編集方針…その装置が作る「切断(境界づけ)」と「排除」を3つ書く
何が見えるようになり、何が見えなくなったか。
Phase 3(2週間):『マテリアル・セオリーズ』で論点を横断し、自分の入口を更新する
この本は、分野横断の「接続盤」として使う。
まず読む(必須)
序「表象からものへ、ものから表象へ」
1「新しい唯物論の可能性とその限界——兆候としてのモノ」
2「人新世とフェミニズム」
関心別に追加(ここからは摘み読みでOK)
メディア×権力:3「メディアテクノロジーと権力」
ポストヒューマン/身体化:5「リダンダンシー・ハビトゥス・偶然性」
映像・映画:4/6
「日本」をめぐる理論配置:7/8
このフェーズのノート課題(仕上げ)
同じ事例を、二通りで短く書く(各400〜600字でOK)。
ベネット式:アセンブリッジとして書く(何が何に効力を持つか)
バラッド式:装置と切断として書く(何が成立し、何が排除されたか)
最後に、佐藤論文の「難問(フラットさ/観客の反復)」を当てて、自分の書き方を点検する。
5|章ごとの読書ノート・テンプレ(これだけ書けば積み上がる)
各章を読み終えたら、最低限これだけを書く。
章タイトル:
1行要約(何を壊して、何を立てた?):
キーワード3つ:
A/B/Cスタンプ:A/B/C(どれが強い?)
自分の事例への接続(2〜3行):
引っかかった疑問(次の章へ投げる):
6|いま私が欲しいのは「別の客観性」だ(小さな結論)
ニューマテリアリズムは、単に「モノが大事」という主張ではない。
「世界を外側から説明する」ことの限界を引き受けたうえで、
世界の内側で、何が何に働きかけているのか
その知がどんな装置と切断で成立しているのか
その結果、誰/何に返すべきか(倫理・政治)
を、別の仕方で書くための道具立てだと思う。
私はまず、返礼の置き場を取り戻したい。
そのために、ベネットで「物の力」を受け取り、
バラッドで「知の成立」を内部から組み替え、
『マテリアル・セオリーズ』で自分の入口を更新していく。
読書が終わるとき、私は「理論を理解した」より先に、
自分の記述が変わっていることを目標にしたい。
参考リンク(URL一覧)
(入口になった文章)
https://note.com/wayofseeing/n/nc502af95c44f
(佐藤竜人「新しい物質主義の展開と可能性」PDF)
http://synthetic-anthropology.org/blog/wp-content/uploads/2021/05/2021_02sato.pdf
(震える物質:水声社)
http://www.suiseisha.net/blog/?p=19096
(マテリアル・セオリーズ:人文書院)
https://www.jimbunshoin.co.jp/book/b357571.html
(カレン・バラッド:人文書院 著者ページ)
https://www.jimbunshoin.co.jp/author/a271963.html
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