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【観るべき】日本人の政治意識を鋭くえぐる… 映画『アジアのユニークな国』

映画『アジアのユニークな国』を観た。劇作家やCMディレクターとしても活躍する山内ケンジ氏の監督作品である。

面白かった。

上映館数は少なく、近々公開が終わる映画館も多いので公式サイトを見て興味を持ったら早めに観に行くことをオススメします。R-18指定ですが。

以下、感想と僕なりの解釈を書きます。ネタバレもします。




キャッチコピーに「これは政治的な映画ではない。」と銘打たれているにもかかわらず、この作品は「安倍晋三が殺されてから、全部がおかしくなっちゃったんじゃないか」というセリフから始まる。

思いっきり政治的じゃないか……と思わせておいて、段々と、確かに「政治的な映画ではない」ことがわかっていくところがこの映画のミソだ。

冒頭のセリフを述べたのは、都内で暮らす主婦の曜子。彼女は夫が仕事に出ている間、自宅の寝室を使って風俗業を行っている。もちろん違法である。

プライベート空間での性行為が興奮と安らぎをもたらすのか、毎日何人もの客が曜子の家にやってくる。

曜子は客に対し、自分がいかに安倍晋三が嫌いだったかを語る。彼女の安倍嫌いは相当なもので、客が自民党支持者だとわかれば出禁にし、安倍批判で意気投合すれば本番行為にも応じる。

実は曜子は寝たきりの義父の介護も行っている。客を待たせている間に義父の排泄の世話をし、行為中の声が義父に聞こえても気にしない様子は異様そのもの。曜子の人格に不安すら覚える。

夫は曜子が売春していることを知らない。在宅ワークを始めたという曜子の嘘を信じ切り、介護と仕事をこなす妻に恩義を感じている。夫は最近再就職したが給料は安いらしく、曜子の稼ぎが家計の助けになっていることを呑気にありがたがっているのだ。

客観的に見れば、曜子の生活には義父の介護負担、夫の恵まれない待遇など、政治の力で緩和できそうな問題が山積している。

しかし、曜子の政治意識が自分の生活と結びつくことはない。客や夫が曜子の政治話に乗ってきても、曜子の不満は抽象的な範囲にとどまり、具体的な行動に出ることもない。

曜子に介護を任せっきりの夫に怒りをぶつけたりもせず、淡々と義父の世話をしながら、客を満足させて優しく送り出す。国境なき医師団に寄付をしているところは素晴らしいが、もっぱら国境の向こう側だけで機能する曜子の政治意識には物悲しさが漂う。

曜子は政治的な話ばかりしているようで、彼女の生活に政治はまったく入り込んでいないのだ。だからこそ、この作品は「政治的な映画ではない」。これは反安倍派の政治姿勢を揶揄するというより、日本人に広く共有された政治意識を浮き彫りにしたものに思える。

その点で、最も皮肉が効いているのは隣人から通報を受けた警察が曜子の家に調査にやってくるシーンだろう。

曜子が言った「来客とバックギャモンをしているだけ」という苦しい嘘を警察は信じ、明確な証拠がないからと調査を打ち切る。それどころか、隣人が精神病院に通院していることを理由に、逆に通報が虚偽ではないかと隣人にプレッシャーをかける。さらに曜子は義父が死んだあと、売春の証拠となりかねない義父の日記をこっそり処分している。

これらの行動や構図はまさに、モリカケ問題における(反安倍派から見た)安倍晋三の姿そのものである。

曜子は大嫌いなはずの安倍晋三と自分が重なっていることに気づけないのだ。

さて。

タイトルの「アジアのユニークな国」という言葉は、ラストシーンに登場する。

曜子と本番行為に至った客の末娘が、彼氏を連れて挨拶にやってくる。客は彼氏に対し、「もう日本は先進国ではない。アジアのユニークな国を目指すべきだ」と持論をぶつ。

一瞬、なるほどと思う。
実は僕も数年前、似たようなことを考えたことがある。

とにかく明るい安村がイギリス版「ゴット・タレント」で爆笑をかっさらったとき、コメント欄はまるで国の英雄かのように絶賛の声で埋め尽くされた。

僕はこれを見て、アメリカが「世界の警察」と呼ばれるがごとく、日本は「極東の愛すべきバカ」を目指すのもアリじゃないかと思ったのだ。

だがよく考えてみれば、この男はしょせん違法風俗の常連客である。娘の彼氏へ偉そうに国のあり方を説く立場ではない。アジアのユニークな国という構想も、彼氏の前でカッコつけようとして出た思いつきにすぎない。

政治への関心が強いつもりで、実のところ「政治的ではない」。そんな日本人の政治意識を、この映画は鋭く風刺していた。

だからこの作品は「政治的な映画ではない」が、まさしく「政治的な映画である」のだろう。思えば日本では、選挙権もR-18指定なのだった。


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