羽生結弦とかなしみの涯て
プロフィギュアスケーターの羽生結弦が座長となって率いる『羽生結弦 notte stellata 2026』をHulu配信で三日間にわたって鑑賞いたしました。
以下その感想となります(鑑賞がまだの方はネタバレ注意)。
まず、初めに心に残ったのは本郷理華選手の『すずめ feat.十明/RADWIMPS』。音楽に合わせた流麗で端正な舞にこころを奪われました。『すずめ』の歌がついているバージョンは生まれて初めて鑑賞いたしましたが、ピアノだけのバージョン・歌があるバージョンのどちらもとても好いなと。祈り、と直接表現がなされる訳ではないけれど、全体的に本郷選手が纏う透明なヴェールの奥には〈祈り〉が内包されているようで、わたくし自身もまだ視ぬ神様のようなものを大切に祈りを捧げたくなりました。
それから印象に残ったのはビオレッタ・アファナシバ選手の『A Cool Cat in Town feat.Brenda Boykin / Tape Five』。フラフープとフィギュア・スケートの融合という試みに精神が楽しく振動するようで、画面からずっと眸が離せなかったです。音楽の選曲もセンスが良いなと思わされましたし、これから長く聴いて行きたいと思わされました。きっとこの曲を流すたびにnotte stellata 2026のことを想起するのでしょう。
それから、前半の大トリの羽生結弦選手『Happy end/坂本龍一』。この作品が全プログラムの中でも最も印象に残りました。羽生結弦選手の、ためいきを吐くと消えてしまいそうな儚さを保った衣装・佇まいによって流れるように展開される演技の妙に精神のすべてを奪われてしまいました……。羽生選手の背後で展開される東北ユースオーケストラの楽奏も、生演奏ならではの臨場感・迫真に息つく暇を与えず、一音一音が透明な果実のようでした。Happy End、という曲に含まれた意味を知っているか知らないかで印象がだいぶ変わるというような風貌があるとインターネットには記述されていましたが、わたくしもその通りだと思います。(場合によっては震災により)ついた傷、外傷体験をしまってしまう、無かったことにするのではなく、傷は、傷のままでよいのだと受け入れ、「傷と共に生きてゆく」こと。羽生結弦の覚悟を内包したスケーティングからはそのようなメッセージがばりばりと伝わって来、文字通り魂がふるえるような鑑賞体験となりました。後半プログラムの『八重の桜/坂本龍一』も凄まじかったですが、こちらが鑑賞者を柔和に包み込むような演技だったのに比して、『Happy End』は表現者の業、激情のようなものが感じられました。羽生結弦は一体どこまで進化、深化するのか。その一端を垣間見えたような気がして痛烈に記憶に生き様とフィギュア・スケートに賭ける思いが刻印されていきました。儚くて、華麗で、凄絶で。そのすべてが「羽生結弦」なのだと感じました。透明の中に透明があり、その透明がさらに上質の天鵞絨のような透明をつれてくるような不思議な鑑賞体験を本当にありがとうございます(突然のお礼)。
いちれんの鑑賞体験の中でわたくしが感じたのは、「かなしみ」という主題です。世の中には色々な形態のかなしみがあると思います。親しい者との離別のかなしみ、美しいものをみたときに感じるなんと形容していいのかわからないような苦いかなしみ。東日本大地震を機に企画したとされる本プログラムでは、親しい者を失ったかなしみはもちろんのこと、様々な意匠を尽くしたかなしみのような感情が中空にうかぶ透明な天使のように展開されて、表現されていくのを感じました。かなしい、けれど美しい。かなしいものは美しい。表裏一体となるその感情が坂本龍一の素晴らしい音楽と共に奏でられているのを目の当たりにして、美しいのにおそろしいという相反する感情を抱きました。表現者・羽生結弦は一体どこまで行くのでしょうか。歴史をみている一員として、これからも眸が離せません。これからも他者のこころにたましいに、震えるような感動を届けてくれるその存在者に感謝し、あたりまえではない今日を生きながら、天使のようで天使ではない、存在の美しいものたちに思いを馳せていこうと思います。
20260310 熊谷友紀子
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