反省顔がじわじわ面白かった
■ 野球部でもないのに、なぜかずっと見てた
ダンビラムーチョを初めて知ったのは、小学生のころ。
YouTubeでたまたま見つけた「野球部あるある」動画だった。
自分は小学生で野球部じゃなかったし、部活って言葉すらよくわかっていなかった。
でも、何かのスイッチが入るように、何度も見てしまった。
テンポ、セリフの間、ちょっとやりすぎなモノマネ。
よくわからないけど面白かった。
今思えば、あのときから私は「なんとなくわかる共感お笑い」が好きだったんだと思う。
■ テレビで見かけるようになって、勝手に誇らしかった
それから何年も経って、
M-1やキングオブコントの決勝に、ダンビラムーチョの名前が並ぶようになった。

準決勝の常連になって、惜しいところまで来て、
やっと、やっとテレビで名前を聞くようになった。
「小学生のとき、ネットで見てたあの人たちが、ここまで来たんだ」
勝手に親戚か同級生を見守る気分だった。
あのYouTube動画の中にいた2人が、テレビで本気の勝負をしてる。
それだけで、賞レースの時期がより楽しみになった。
■ その矢先に、オンラインカジノのニュース
だからこそ
あのニュースはきつかった。
オンラインカジノ。活動休止。謝罪文。
もう見慣れてしまった“芸能人のテンプレート”のような流れ。
でも今回は、自分がずっと応援してきた芸人だった。
笑いだけを届けてくれていた人が、
あんな形でテレビから消えてしまうなんて。
「やっちゃったな」と思った。
でも、それ以上に「こんな終わり方になるの?」という喪失感が大きかった。
「シャレになってないじゃん...」
■ それでも待っていた。笑ってほしかったから
笑いって、誰かを救う力があると思ってる。
私自身、何度も芸人に救われてきたから。
だから、いつか戻ってきてほしいと思った。
ちゃんと反省して、もう一度笑わせてほしい。
M-1の舞台じゃなくてもいい。
テレビじゃなくてもいい。
たとえ小さな劇場でもいいから、また2人で並んでいてほしい。
そう願っていた。
■ 劇場の舞台に立つ反省顔に、笑ってしまった
よーっ! pic.twitter.com/Csyl1GiakK
— ダンビラムーチョ 原田フニャオ (@danviraHARADA) June 10, 2025
そして、本当に帰ってきた。
テレビではなく、劇場に。
いつものあの劇場に。
舞台の上で、真剣に話してた。
でもその“反省顔”が、どうしてもじわじわ面白かった。
もちろん、許されたわけじゃない。
でも、あまりに“大原さんらしい反省顔”に、
ちょっとだけ笑ってしまった。
なんだろう、目の奥に光ない感じ?口もとの角度?
全部が真面目なんだけど、微妙にズレていて、
「そうそう、この感じ」と心の中で思ってしまった。
■ 原田さんのけん玉が、すべてだった
大原が活動自粛中は、いつもの原田フニャオがいた。
戻ってくるまでけん玉をしていた。
なんでけん玉なんだよ、って思った。得意だからだろうけど。なんで伝統芸能全般得意なんだ。おもしれぇなくそ。
フニャオ本当にありがとう。 pic.twitter.com/tXKe8UY2yZ
— ダンビラムーチョ 大原優一 (@oohara_y) June 10, 2025
泣きもせず、説教もせず、ただけん玉を続けることで、
「ここで待ってたよ」と伝えていた。
誰にでもできることじゃない。
芸人だからできた。
そして、相方だからできた。
■ 「戻ってこれる」って、やっぱり強い
芸人って、反省したあとに“戻ってこれる”職業だと思う。
もちろん、すべてが許されるわけじゃない。
でも、笑いにできるかぎり、もう一度チャンスがある世界。
それって、とても強いし、とても優しい。
自分がもし失敗したとき、戻ってこれる場所なんてあるだろうか。
「けん玉でもしながら待ってるよ」と言ってくれる人が、自分にはいるだろうか。
羨ましかった。
でも同時に、ちょっと救われた気もした。
■ またここから。笑ってしまったことを、ちゃんと愛したい
あの日、大原さんの“反省顔”を見て笑ってしまった。
でも、それでよかったんだと思う。
本気で反省していても、ズレていても、
それでも「この人が帰ってきた」と思える笑い方だった。
またネタが見たい。
またコンビで並ぶ姿が見たい。
そう思わせてくれた舞台だった。
自分がずっと応援してきた芸人は、
あのときたしかに、帰ってきてくれた。

