見出し画像

アートギャラリーで見つけた静けさ

今日は絵を見に行った。
休日になると、どこかへ行かなきゃ。
何か新しいものを見つけなきゃ。

そんな焦りに似た気持ちで過ごしていた時期が、確かにあった。

でも最近は、少し違う。

今日は、ずっと気になっていた絵を見にソウルのギャラリーへ向かった。

SNSで見かけて以来、頭の片隅に残り続けていた作品。
「いつか、直接見てみたい。」

その「いつか」を、今日にした。

それだけのことだったけれど、
支度をしながら、なんだか少し心が弾んでいた。

ギャラリーには、独特の静けさが流れている。

誰かがひそやかに言葉を交わし、
足音だけがゆっくりと床に響く。

その空気の中に身を置くだけで、
胸の奥で何かがすうっとほどける感じがした。

呼吸が、少しだけ深くなる。

目的の作品の前に立ったとき、
思っていたより、ずっと静かな絵だった。

派手さはない。
主張もしない。

ただそこに、在る。

なのに、なぜか目が離せなかった。

「この青、好きだな。」
「この余白、なんだか落ち着く。」

意味を解こうとするより、
感じるままにそこに立っていた。

それで、十分だった。

鮮やかな青。
やわらかな白。
少しくすんだ緑。

キャンバスの中の色たちが、静かに心へ染み込んでくる。

何かを教えてくれるわけでもない。
人生の答えをくれるわけでもない。

それでも、不思議と心は満ちていく。

韓国で暮らしていると、日本では気づけなかったことに、ふと気づかされる瞬間がある。

街角にさりげなく佇む小さなギャラリー。
古い建物をそのまま生かした展示空間。
窓から斜めに差し込む、午後のやわらかな光。

ソウルという街は、あわただしいようで、
こういう静かな場所を、そっとたたんで持っている。

そのことが、この街を好きな理由のひとつでもある。

昔の休日は、「何かを得たい」と思っていた。

新しい知識。
役立つ情報。
仕事につながるヒント。

それももちろん楽しかった。

でも50代になった今は、それだけでは心がひとりでに疲れていく。

だから最近は、

何かを増やす休日より、
心を、静かに休ませる休日を選ぶようになった。

好きな絵を眺める。
静かなカフェで、コーヒーを一杯飲む。
木々が揺れる音を聞きながら、あてもなく歩く。

そんな一日は、何も生み出していないように見えて、
実は明日を穏やかに迎えるための、大切な準備なのかもしれない。

年齢を重ねるということは、感性を失うことではない。

むしろ逆で、
小さな美しさに、ちゃんと気づけるようになることだと思う。

急がなくていい。
答えを見つけなくていい。

「好き」と感じる気持ちを、
丁寧に拾い上げられる自分でいられたら、それで十分。

今日は絵を見に行った。
ずっと見たかった、あの一枚を。

それだけの休日だったけれど、
その「それだけ」が、今の私には何より豊かな時間だった。

もし最近、少し心が忙しいなと感じていたら、

「ずっと気になっていたこと」を、
今日の予定にしてみませんか。

大きなことじゃなくていい。

見たかった絵、飲みたかったコーヒー、歩いてみたかった道。

そのくらいの小さな「いつか」を今日に変えるだけで、
心が思っている以上に軽くなるかもしれません。

きっと。

いいなと思ったら応援しよう!