あれから11年。復興を見に女川へ
東日本大震災で宮城県女川町に「シャンプーカット」のボランティアを行いに行ってまいりました。
5日間くらいの日程でしたが、多くの人に触れ合い、逆にエネルギーをもらって帰ってきました。
あれから11年経ちましたが、今回ようやく現地に行くことができたのでブログにします。
丸10年のタイミングで宮城県に行く!とボランティアを終えてからずっと心に決めていました。
が、コロナの蔓延により昨年は諦めました。
しかし、今回はコロナのフェーズも変わったので、行くことを決意し現地に行ってまいりました。
【まずは11年前の状態】
シャンプー台つきの車「移動美容室 レインボー号」を当時、使用していたのでその車を運転して女川町へ。
福島の二本松あたりから自衛隊の車が増えてきて、高速道路が歪んでる?ような感覚と、ヒビの入っている場所も散見できるようになっていたと記憶しています。
高速道路から有料道路になり、石巻に到着する頃から津波で畑が荒されている場所が確認できるようになりました。
石巻市街から女川へ向かう途中から津波の被害が確認でき、山を越えて視界がひらけた瞬間の女川町は言葉にならない惨状でした。




車は屋上の上に乗っかってるし、骨組みだけの建物だし…
なかなか現実的なものとは思えない有様です。
【町立病院の前でボランティア開始】
小高い丘の上に町立病院があり、そこの玄関口でシャンプーカットを行いました。
1日多くの方をシャンプーし、たくさんのエネルギーをもらうことができたと感じています。

【そんな今の女川は】
あれ、こんな道あったかなー、なんて思いながら女川町へ。
街の中心地についてみて感じたのが、あまりにも綺麗な街にびっくりです。
建物が新しいととかのものではなく、駅から海へと直線的に道がのび、そのメインづトリートに道の駅やおしゃれなカフェなどが建ち並ぶ街に変貌を遂げておりました。



【音楽フェスもあるらしい】
このコロナで観光客が減少しているらしいですが、コロナまえは野外フェスが行われるほどの活気のある街に復興しているようです。
それも納得の街並みでしたし、ちょうどよく震災を忘れさせないデザインになっていることにも共感を得られました。
10年にわたって気になっていたこと。
女川の人々はどのような復興をするのか。
ボクなんかの心配は不要でした。
素敵な街にもう一度、旅行をすることを決めました。
