【考察】生まれながらに運命は決まっていてるのか?【YouTubeより】

今回のテーマ

よく見ているYouTubeチャンネルで気になる話題について語られていましたので、今回は便乗して自分の論を展開させていきたいと思います。

秘密結社コヤミナティ

↑の動画は「秘密結社コヤミナティ」というライトでポップな都市伝説を紹介するというコンセプトのチャンネルで、メインのコヤッキーさんは他にもワンピース考察系のチャンネルや、もう少しディープな都市伝説を扱うチャンネルなんかも運営されてます。

未知との遭遇【はやとも回】

今回の動画は、コヤッキーさんの知らない都市伝説等をゲストに語ってもらう【未知との遭遇】という企画の一環で、吉本所属の芸人であるシークエンスはやともさんをゲストに迎えた回です。

今回は『幸せな生き方とは?』という観点から『人の能力は生まれながらに決まっている』というはやともさんの持論をベースに話が展開されていきます。




生まれつき才能は決まっている?

はやとも氏曰く、ここ二十年くらいで脳を直接研究できるようになったことで、人の才能が生まれつき大体決まっていることがわかったとのこと。

生まれた直後に天職が判明

そしてそうであるならば、生まれつき得意不得意や向き不向きがわかるようになり、それをAIで解析すれば生まれながらにその人に適した仕事を提示できるようになる。

また、人はその人に合った仕事、向いている仕事に就いている方が幸福度が高いというデータがあるとも。


夢を追いかけるよりも⋯

よって、生まれてすぐにその子に向いている職業を教えてあげることで、向いていない職業に憧れて無駄な努力をせず最短距離で適職に就けるので、結果的に幸せへの近道となる、というのがはやとも氏の提言です。

(その他色々と面白い話をしてくれていますが、本記事では上記を取り上げます)


これはディスティニープランでは?

この提言を聞いて真っ先に思いついた同世代の人間は多いと思うのですが、ガンダムSEED Destinyでデュランダル議長が提案していた「ディスティニープラン』とほぼ同じですよね?

このプラン、劇中では主人公達が「自由を奪うな』と必死に抵抗し阻止されたわけですが、現実世界でもきっと実現はしないのでしょう。


しかし、私は方向性としてはこの提案に肯定的な見方をしております。

賛成する理由

生まれつきの才能に差があることは事実

そもそも科学的な見解を聞くまでもなく、才能というものは等しく与えられているものではないことは経験的に皆知っています。

例えば小学生の頃、経験値にさほど差がないはずなのに足の速い子遅い子、工作の上手い子下手な子、勉強の出来る子出来ない子…才能の差としか言えない事実を目の当たりにしてきている筈です。

才能≒遺伝という感覚

さらに身体的能力を中心に、生まれつきの才能は遺伝的要素を多分に含んでいるという感覚も多かれ少なかれ持っているはずです。

例えば、血統のいい競走馬は高値で取引され、成績を残せば種付け料もとても高額になります。そしてそうやって良い遺伝子を持った馬が実際に良い成績を残すことを知っている筈です。

知っているけど敢えて言わない

そんなこと皆知ってる筈なのに、世間一般では生まれつきの差がないことが暗黙の了解とされており、努力次第で何でもできるという風潮が強いように感じます。

皆知ってるけど敢えて言わないのです。
搾取するためだったり、自分が惨めにならないためだったり、或いは周りや部下を頑張らせる口実のためだったり、人それぞれの理由はあると思いますが、その一方でそれを信じたせいで端から見れば無駄な努力を続けている人が大勢いるのもまた事実です。

幸せになれない努力はやめたほうがいい

無駄な努力を続けた先に待っているのは、何者にもなれないまま時間を浪費し、年齢だけ重ねた老いた自分であることが殆どです。

もっと早く夢を諦めて適性のある仕事に就いていれば、家族や恋人を大切にしていれば、堅実にお金を稼いでいれば…そんな後悔を抱えた人生になるくらいなら、無駄な努力はしないに越したことはありません。

でも、それをしている側は無駄な努力かどうか、要するに才能がないかどうかがわからないから夢を諦めきれないのでしょう。
実際に大器晩成型の成功例もあるから、余計にたちが悪い。

一人のリソースは限られている

生まれつきの才能を予め提示することは、自分に不向きなことに憧れることは止めさせることは出来なかったとしても、それを目指そうとすることに対して一定のブレーキをかけることはできるはずです。

そうすることで無駄な努力で不幸になる人を減らせる筈だし、もっと言えば自分に向いていることへ努力を集中できるから、得意なことはもっと伸ばすことができるようになる筈です。

個人差こそあれ、人が一生のうちに注げる時間や労力などのリソースには限りがありますから、向いていないことにリソースを注ぐよりも向いていることにより注いだ方が効果は高いのです。

結果、多くの人が自分の努力で相応の成果を出せ、相応の評価が得られるようになることで、全体の幸福度が最大化できるようになると考えます。

皆が幸せになる社会…だが

以上の理由から、私ははやとも氏の提言自体には賛成の立場なのですが、現実では様々な問題があるので実現にはかなりのハードルがあるだろうと思います。


問題点

才能をどこまで提示できるのか

まず大きな問題として、詳細に才能がわかったとしても、具体的な職や能力に落とし込むのは難しいということです。

たとえば身体能力だけとっても、身長が伸びやすさ、筋力が増えやすさ、バランス感覚の良さ、体の使い方が上手さなどが数値化できたとして、それが野球の才能なのかサッカーの才能なのかバスケの才能なのかを判断するのは非常に難しい筈です。

なんなら同じ野球にしても、ホームランバッターなのか、剛腕ピッチャーなのか、アベレージヒッターなのかもわかりません。さらに言えば、目に見える才能がなくても野手ならバントや盗塁の技術、投手ならコントロールや特徴的な変化球があれば勝ち残れる可能性もあるわけで、それらまで生まれつきの才能から判断するのは不可能と言っていいでしょう。

後天的に獲得可能な能力

次に、生まれつきの才能は高くない分野でも、後天的に獲得した能力によって補完することで大きな能力を得ることが出来る可能性があるということもあります。

例えば、生まれもった記憶容量は大きくなかったとしても、効率の良い記憶方法を後天的に学習することで、とても高い記憶力を得られる可能性があります。

実際に後天的に獲得できる能力は、生まれつきの才能に対して決して小さくはないことが知られています。

上位互換への劣等感

才能を提示することで自分の得意不得意分野を明確にすることは可能でしょうが、それが如何ともしがたい劣等感をも生んでしまう可能性があります。

たとえばあることへの才能が最も高い人がいたとして、同じ分野でさらに高い才能をもった人が現れた場合、前者は覆すことの出来ない才能の壁を前にして得も言われぬ劣等感を感じることでしょう。ましてや、後者はそれが最も得意な分野ではなかった場合、劣等感を超えて激しい嫉妬となるはずです。

結果的に皆が幸せになるための仕組みが、余計な負の感情を生み出し、逆に人を不幸にしかねません。

貧富の差の拡大

才能とは時に残酷で、あらゆる才能に恵まれた人がいる一方、全ての才能に恵まれない人も確率的に存在します。

そして往々にして才能に恵まれた人は富を得る可能性が高く、恵まれない人は相対的に貧しくなる可能性が高いと推測されます。

そして才能に恵まれた人からは才能に恵まれた人が生まれやすい上に環境も良いため更に富み、恵まれない人からは恵まれない人が生まれやすい上に環境も悪いので更に貧しくなります。

今ですらそうなのに、才能が生まれつき可視化されてしまったら、恵まれない側の人間は必要な努力すら諦めてしまうことが予想されます。
そうなると、貧富の差は加速度的に拡大し、治安も悪くなるでしょう。

結果的に全体を幸福にしたいのに、社会の約半分だけがより幸福になり、もう半分はより不幸になるという矛盾が生じてしまいます。

結局のところ、幸せにならない?

以上の理由により、生まれつきの才能だけで天職を判断することが難しい上に、全体を幸せにしたいのに逆効果になりうるという結論となり、なかなかこの提言を実現化するのは難しいと判断しました。

まとめ
結局社会は無駄な仕事と無駄な努力で溢れている

いろいろと可能性を考察してみましたが、結局のところ今のようにそれなりの人が向いてないかもしれない仕事してるかもしれないし、向いてない仕事に憧れて無駄な努力をしてるかもしれないけど、見えないからこそ余計なことは気にせず社会がそれなりに回っているとも言えるわけで⋯

才能みたいなセンシティブな項目は見れても見せすぎないようにコントロールした方がいいのかもしれませんね。

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