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往復5時間の「開墾」——キウイ色のペンと、過ぎ去る季節に刻む私の生存証明

往復5時間の「開墾」——キウイ色のペンと、過ぎ去る季節に刻む私の生存証明

本文

朝、駅のホームに立つと、まだ「さみぃ」という言葉が自然と口をついて出ます。 3月半ば。春はすぐそこまで来ているはずなのに、空気はまだ冬の名残を握りしめているようです。私の毎日は、この冷たい空気の中で、片道2.5時間、往復にして5時間という膨大な「移動」から始まります。

病院の事務という、日々多くの「選択」と「調整」を求められる仕事に向かう道すがら、私は満員電車の雑踏の中で、自分だけの小さな聖域を築いています。片方の耳には、聴き慣れたYouTubeのお気に入りリスト。新しい音楽は脳を疲れさせてしまうから、何度も繰り返した旋律をフィルターにして、周囲のノイズを適度な背景音へと変えていく。

そして、鞄から取り出すのは一冊の本と、キウイ色のインクを湛えた「サラサグランド」です。

1. 不自由な場所で刻む、自由な足跡

私の読書は、静かな書斎で行われる優雅なものではありません。 人々の乗り降りで現在地を知り、誰かの肩と触れ合うような狭い空間で、片手で本を支え、もう片方の手でペンを走らせる。電車が揺れれば線は歪み、文字は自分でも後から読めないほど「汚く」なります。

けれど、その不自由さこそが、私にとっては「リアル」の証です。

内容に深く共感すれば、ページを突き破らんばかりの勢いで相槌を打つような線を引く。逆に、自分の至らなさを突きつけられるような「耳の痛い」記述に出会えば、逃げ出したい気持ちを抑え込むように、その気づきを余白に留めていく。

「綺麗に書けない」ということは、私がその時、その場所で、確かにその本と対峙していたという何よりの証拠です。整えられたデスクの上で引く真っ直ぐな線よりも、揺れる車内で引かれた歪なキウイ色の線の方が、その時の私の心の体温を雄弁に物語っているような気がするのです。

2. 「理解」を超えた先にある、時間の証明

正直に言えば、読み終えた本のすべてを完璧に理解できているわけではありません。数ヶ月も経てば、そこに何が書かれていたか、細部を忘れてしまうことだってあります。

かつては、そんな自分に焦りを感じたこともありました。「これだけ時間をかけて、自分の中に何が残ったのだろう」と。

けれど、今は違います。 たとえ内容を暗記できていなくても、その本には私が5時間という命の時間を削って向き合った「痕跡」が刻まれています。無意識の底に沈んでいった言葉たちは、いつか私の血肉となり、ふとした瞬間の判断や、誰かへの優しい眼差しとして現れるはずです。

「本に残った痕跡は、自分の時間の証明になる」。 その実感が、私を支えています。 病院事務として、あるいは父として、夫として、誰かのために時間を使っている日常の中で、この5時間の「格闘」だけは、紛れもなく私が私自身のために使った、純粋な時間の結晶なのです。

3. 駆け抜ける季節と、積み重なる「無意識」

ふと窓の外に目をやると、季節は残酷なほどの速さで駆け抜けています。

つい先日まで「はえぇな」と驚くほどの勢いで咲き誇っていた河津桜は、あっという間に力強い葉桜へと姿を変えました。そして今、駅までの道すがら見上げるソメイヨシノの蕾が、はち切れんばかりに膨らんでいる。

「もうすぐかな」

そう感じるたびに、時間が指の間をすり抜けていくような感覚を覚えますが、本棚に戻っていく一冊一冊の本を見ると、少しだけ心が落ち着きます。季節は流れて消えていくけれど、私の「時間の足跡」は、キウイ色のインクと共に、本棚の奥にしっかりと蓄積されているからです。

調子が良い時は、電車が駅に着くまでの間に、その熱を逃さないようにデジタルへとアウトプットを繋げます。その瞬間の勢いで放流された言葉たちは、電脳世界の「わたんべ多雨」としての私の輪郭を少しずつ形作っていく。一方で、アウトプットにまで至らなかった日も、ペンを鞄に収めた時の指先の微かな疲れが、「今日もしっかりと時間を使い切った」という静かな納得感を与えてくれます。

4. これからの「アップデート」の形

30代後半という季節。 体力が落ちたり、新しい世界観を取り入れるのがしんどくなったりと、失われていくものに目を向ければキリがありません。けれど、この5時間の通勤路で私が続けていることは、単なる情報の消費ではなく、自分という土壌の「開墾」なのだと思います。

AIがどれほど優れた要約を出してくれても、この「揺れる車内での思考の揺らぎ」や「ペン先が滑った瞬間の苛立ち」までは代行してくれません。非効率で、汚くて、けれど愛おしい、自分だけの痕跡。

これからも私は、ソメイヨシノが咲き、散り、また新しい季節が巡る中で、片耳のイヤホンとキウイ色のペンを相棒に、この5時間を歩き続けます。

理解することや暗記することに執着せず、ただ「時間をかけた」という事実を愛しながら。 積み重なった本の数だけ、私は自分の人生を確かに生きたのだと、いつか胸を張って言えるように。


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