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絶壁が階段に変わる時 ――「面白くなってきやがった」と呟く朝の余白

絶壁が階段に変わる時 ――「面白くなってきやがった」と呟く朝の余白

​まだ周囲が寝静まっている、深い夜明け前の時間。

お気に入りの万年筆を手に取り、システム手帳を開く。この静寂のなかで、紙の温もりに触れながら自分自身と対話する時間は、誰かの評価やSNSの「いいね」のためではなく、私自身の心を透明にしていくための、かけがえのない儀式のようなものかもしれない。

​今日、ページの上にそっと置かれたのは、こんな問いだった。

​『失敗が成功につながったのはどんなことですか?』

​万年筆のペン先を浮かせたまま、ふと記憶の糸をたどる。

思い浮かぶのは、以前の職場で冷や汗が止まらなくなった、あの日のことだった。

​大きなミスをしてしまい、リカバリーに向けた作業へと発展してしまった出来事。当時の私は、「きっと激しく責められるに違いない」と、ただただ身を縮ませていたような気がする。

しかし、目の前の先輩は違った。私を怒鳴りつけるでも、呆れるでもなく、静かに「リカバリーの段取り」を考え始めてくれたのだ。そして、周囲の多くの人たちに頭を下げ、協力を仰ぎながら、一緒にその難局を乗り越えてくれた。

​その時の安堵と、胸の奥が熱くなるような感謝の気持ちは、今でもはっきりと覚えている。

「失敗したとしても、どうリカバリーをするかが大切なのだ」

「誠実に、真摯に向き合いさえすれば、簡単に見捨てられたりはしないのだ」

あのとき先輩の背中から教わったことは、今の私の働き方の、とても深いところにある根っこのようなものになっているのかもしれない。

​今の私は、決して組織のトップに立って全てを動かすようなマネージャーではない。むしろ、様々な立場の人の間に立ち、感情の波を調整しながら、飛び交うボールを拾い集めるような、現場の実務担当——いわば「遊撃手」のような役割を担っていることが多い。

​だからこそ、日々の業務のなかで予期せぬトラブルが起きたり、ミスが発覚したりした時、あの日の教訓が静かに息づき始めるのを感じる。

​「起きてしまったことは、もうどうしようもない」

まずはそうやって、起きた事実だけを両手で受け止める。そして、影響が及ぶ範囲を冷静に見渡し、リカバリーの方法を探る。心に少しの余裕が戻ってきてから、ゆっくりと再発防止について考えればいい。

​もちろん、ミスをすれば落ち込むし、辛い気持ちになるのは昔と変わらない。今でも胸の奥で「あぁ……」とメソメソしてしまう自分は、確かに存在している。

けれど、そこで立ち止まってずっと下を向いていても、目の前の相手のためにはならない。そう思えるようになったからこそ、「とりあえず、手と足を動かそう」と、少しだけ前を向けるようになったような気がする。

​それでも、押し寄せるプレッシャーや自己嫌悪に押しつぶされそうになる瞬間はあるものだ。

そんな時、私は自分自身にふたつの「魔法の言葉」をかけることにしている。

​ひとつめは、「これは私の人格を否定されているわけではない」という言葉。

起きているトラブルや失敗という「事象」と、私自身の「存在価値」を、心の中でそっと切り離す作業だ。自分を守るための、大切な防波堤のようなものかもしれない。

​そして、ふたつめ。これが私の、一番のスイッチだ。

心の中で、少しだけ口角を上げて、こう呟く。

​「面白くなってきやがった」

​まるで、映画やアニメの主人公が、最大のピンチに陥った時にニヤリと笑うように。

そうやって心の中で呟いてみると、不思議なことが起こる。

それまで自分の目の前にそびえ立っていた、どうしようもなく巨大で絶望的な「崖」が、ただの「壁」に見えてくるのだ。

そして、恐れずにその壁に一歩近づいて、よくよく観察してみると……そこには、足をかければなんとか登っていけそうな、小さな「階段」が浮かび上がってくる。

​絶壁だと思っていたものは、実は乗り越えるための階段だった。

そうやって視界が変われば、あとは一段ずつ、今の自分にできる実務をこなして、足を動かして登っていくだけだ。

​そうして階段を登りきり、なんとかリカバリーを終えて日常が戻ってきた時。

その乗り越えた経験は、私のなかでどのようなものに変わるのだろうか。

​それは、いつしか組織のなかでの「自虐ネタ」へと姿を変えていく。

「いやぁ、あの時は本当にご迷惑をおかけしました(メソメソっ)」

そんな風に、ちょっとおどけて、自分の失敗を笑い話として周囲に差し出してみる。すると、張り詰めていた空気がふっと緩み、周りの人たちも「あの時は焦りましたね」と笑ってくれる。

​完璧ではない自分。失敗して、メソメソして、それでもなんとか階段を登ってきた自分。

それを隠すことなく差し出すことで生まれる、温かいコミュニケーションの余白。それこそが、あの日の「崖」が私にプレゼントしてくれた、一番の成功体験であり、大切なお土産なのかもしれない。

​窓の外が、少しずつ白み始めてきた。

今日もまた、色々なことが起きるだろう。崖のように見える困難に出会うかもしれない。

でも、大丈夫。

とりあえず自分の心を守って、そして心の中で、あの言葉を呟けばいいのだから。

​万年筆のキャップを静かに閉じて、新しい一日を始める準備をしようと思う。

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