生まれてきて良かった~実存主義の先に
本日は、生まれてきて良かった、について解説します。
僕は精神科の治療におけるゴールとは何かという問いに対して、仕方がないと思うこと、そして生まれてきて良かったと思うこと、この2つだよとよく言ってるんです。
いや、お前ね、益田、精神医学、治療、人それぞれじゃないかと。
お前は何言ってるんだ、なんでこの2つなんだとよく思うと思うんです。
聞くと、ああ、なるほどなと思う人もいるだろうし、何言ってんだと思う人、色々いると思います。
結構反発されます。
色々な精神科医からも、精神科の先生からも意味がわからない、それ何なんだとかよく言われますけど、この2つだと僕はよく言ってます。
何なんだという感じですけど、基本的には心や治癒、人間とは何かということを言葉で表現することはまず不可能なので、じゃあ不可能なものをどうやって表現するかということだと僕は思うんです。
それを僕なりに表現したらこの2つだと言ってるだけなんです。
世界を表現しようとした時に写真を撮るんです。
写真を撮っても部分的なものしか写せないわけです。
3Dのものを2Dに写そうと思ったら、部分的なもの写せない。
では芸術家はどのように世界を表現し直そうとしたかというと、抽象画だったり色々なことを駆使してやるようになっていくわけですけど。
僕ら精神科医は様々な多様なものを見ながら、心とは何かということを探求しているし、それを実際に目の前の患者さんに応用していくという営みというか、仕事をしている人たちなんですけど。
何て言うんだろうな。
僕らが気付いているもの、辿り着いた理解を言葉で表そうというのは無理があって、じゃあ無理がある中でも、いかにわかりやすく伝えられるかということを考えると、考えた結果というか、なんです。
う~ん何か難しいね。
何かうまくいってないですけど、そういうことです。
この無限で複雑な情報の中から、あえてどこかに焦点を当ててわかりやすく伝える時に、色々な人にイメージしやすいものとして、この2つの言葉を選んだということです。
◾️矛盾しない、害を与えない
これはでもそんなに間違ってないんですよ。
つまり、一つのポイントとしては過去の思想家、哲学者たちと矛盾しないんです。
何かちょっと斜めですかね?
色々な人たち、特に日本の思想や美意識と矛盾しないですよね、仕方がない、というものとは。
生まれてきて良かったというのは、どちらかと言うとキリスト教圏、西洋的な概念なんですけど、そことも矛盾しないし、でも日本っぽいところもあるし、ちょっと牧歌的な感じもして、矛盾しないのでいいかなと思います。
プラス、驚かれるかもしれないですけど、現代の精神医学、心理学とも矛盾しないです。
臨床心理と。
それも素晴らしいなと。
素晴らしいと自分で言うのもなんですけど、いいなと思ったんです。
認知行動療法が目指す先、精神分析が目指す先もやはり仕方がないと思うことだし。
物語療法、家族療法などが目指す先というのは、自分とは何か、生まれてきて良かったとわかること、自分と向き合うことでもあったりするので、マインドフルネスが辿り着く先も生まれてきて良かったと思えることでもあるので、矛盾しないんです。
精神医学的にはうつ病の治癒の状態というのは、不安やトラウマに支配されていないこと、扁桃体の過活動に対して前頭葉がしっかり活動し抑制ができていること、報酬系の活動に対してきちんと抑制が効いてること、そういうことなので、矛盾しないのでいいのかなと思います。
そして3つ目は、他者に害を与えないということです。
他者に害を与えるものではなくて、何かを犠牲にするものではなく、全ての人が到達することが物理的に可能ということです。
例えば、治癒とは何かと言うと、100億円もらうことですよ、10億円もらうことですよ、最初に100億円と言うべきではなかったですね、おカネを手にすることですよ、他者より優位な状況になることですよと言ったら全ての人に該当させることはできないし、誰かを傷つけることじゃないですか?
誰かを治癒するということは誰かを傷つけることであってはいけないので、そういう原則とも外れているので、そういう意味でも良いビジョンだなという風に僕は思っているということです。
他の人が治癒とは何か、色々な人のバージョンの治癒とは何かと聞いてみたいですけど、僕としてはこの2つがすごくいいなと思います。
この言葉を考えながら、噛み締めながら生きていると、どうすれば治癒に至るか逆算的に考えられるんです。
治癒とは何かを逆算的に考えられる。
今の自分の状況に直面し、理不尽な目にあって苦しんでいる時に、でも、まあ仕方ないんだと割り切っていく、現実を、あるがままを見つめて次に動こうとしていく。
それがゴールなんだとわかれば、やりやすいんじゃないかなと思ったりします。
何かこう何て言うのかな、他にも選択肢があるんじゃないかみたいな風に人は思いがちですけども、ないです。
ない。
別に僕だってわからない。
それは僕が間抜けだからとか優秀じゃないとかじゃなくて、わからないんです。
本当になかったりすることもあります。
AIに聞いても新しい選択肢が出てこない場合はもうないんです。
その中から仕方がないと思って受け入れて行動するしか人間はなかったりするので、そういうことだったりします。
何か選択しようとしている時に、それは自分が生まれてきて良かったと思えるようになるんだろうかという風に考えた方がいいですね。
今、お金を盗める状況にある。
でもこれを盗んだ時に、盗んで得たものは、生まれてきて良かったと思えるものになるんだろうか。
お酒を飲みたい、けどお酒を飲んだら誰かを傷つけるかもしれない。
生まれてきて良かったと思うためにはどっちがいいんだろうと考えると、自ずと出るわけです。
正しい行いをしたいわけで、人間というのは。
だから生まれてきて良かったというのも色々な時に出てくるし、いい判断材料なんじゃないかなと思います。
僕はオンライン自助会や患者会をしている中で、多くの人に伝えていかなければいけなかったんです、治療とは何か、治癒とは何か。
それは自助会の運営スタッフの人たちに対してもそうで、色々な人たちは認知行動療法を勉強したり、分析を勉強したり、色々な精神療法を学んだりしながら、精神医学だけじゃなくて、色々な本や書籍、哲学、色々なもの、歴史などを学びながら、自分たちなりの理論、治療理論を考えたりしてるんですけど。
でもチームでやる以上、そして自助会というもの、家族会を運営していく以上、同じ価値観というものがどうしても必要で、そういう中で個々の意見を否定せず、全員の気持ちを一致させる言葉とは何かなと探した結果、この2つになったので、そういう意味での自信があるよということです。
ここは長いですね。
前置きをしちゃいましたけど。
◾️生まれてきて良かったとは何か
じゃあ生まれてきて良かったとは何かという話をします。
結局生まれてきて良かったというのは元々どこから来たかというと、マーフィ重松先生というマインドフルネスをスタンフォードで教えていた日系アメリカ人の先生から教わった言葉です。
マーフィ先生は日系アメリカ人で、映画の『寅さん』から持ってきたみたいなんです。
甥っ子に問われるんですね、寅さんが。
何のために生きてんだと思うと言って。
寅さんが、うん、そうだな、と言って。
そうだな、やっぱ生まれてきて良かったと思えるために生きてんじゃねぇか、と言うんです、寅さんがね。
何か微妙なモノマネをしちゃいましたけど。
生まれてきて良かったと思うために生きてるんじゃねぇかなと言うんですよ。
最後に笑って死ねたらいいんじゃねぇかな。
これが日本人的でもあるし、でも同時にヨーロッパっぽくもあるんだよね。
それは存在の肯定なのよね。
これね、理解するのは難しいんですけど。
元々、古代キリスト教においては、生きることというのはみんな辛かったみたいですね、古代キリスト教が発生した時期というのは。
だから来世志向だったんです。
死んだあとどうなるんだろう、死んだあと幸せになれるんだろうか、そういうことを考えていたんです。
元々ユダヤ人たちの宗教からキリスト教は生まれてくるんですけど、ユダヤ人たちはすごく辛かったので、奴隷民族だったり、奴隷だったときもあるんですよ、民族単位で。
そういう時もあったから苦しかったんです。
そういう中で我々はユダヤ人は救われる。
この厳しいルール、この宗教を信じれば救われると考えたという風に言われています。
そういう中から、いや、ユダヤ人だけじゃなくて、みんな救われるよ、と言ったのがイエス様、イエス・キリストです。
みんな救われるよ、神はそれだけ全知全能でみんな救うんだよ、と言って、だから生まれてきて良かったでしょ、神に赦されるよ、神から愛されてるよ、だから生まれてきて良かったでしょ、というのが古代キリスト教的な考え方です。
そこから中世に至るまでは、理論体系が進んでいくんです。
神学というのは体系化をどんどんしていくんです。
哲学、ギリシャ哲学を内包しながら体系化して、これはどういう意味なんだ、聖書はこういう意味なんだ、聖書の部分のこことここは矛盾してるけど、こういう風に解釈したらいいということで、色々体系化していくというのがあります。
そういう中で、色々な理解が進むんです。
神様とはどういうものなのか、全知全能とはどういうことなのか、そういうのが色々言語化されていきます。
直感的なキリスト教、口伝の直感的なキリスト教からより体系化していくんです。
体系化していく、組織化していく中でキリスト教が果たした役割というのは、その地域を政治的にもひとつにしたということもすごいんです。
古代では色々な部族が色々なことを信じてたんです。
だけどローマ帝国というのが大きくできあがって、そこから、ローマ帝国なんだ、僕らは同じ国なんだということを理解するために、キリスト教が必要だった。
キリスト教を利用したんです。
国教化したんです。
ローマ帝国分裂後も同じキリスト教を信じているということで、その地域がある程度戦争を抑止することができたということになってます。
中世が終わるよと。
カトリック教会が組織化していくよと。
これは益田的な歴史の解釈なので、これが100%正しいという訳ではないし、ところどころちょっと違う解釈もあります。
違う点もあります。
それは動画上わかりやすくしているところなので、厳密に言うとちょっと違うんですけど。
歴史は難しいですからね。
難しいというか、語れるものではないので、こうなってしまうんですけど、どうしても。
まぁそれはご了承ください。
そこから近世、近代かな、ルターの出現によって信仰の内面化というのが起きるんです。
聖書の時代になるわけです。
活版印刷も出てきて、教会で教わっていたのではなくて、自分たちで聖書を読み、自分たちで考えるようになってくる。
個人というものが生まれてくるようになります。
古代キリスト教は神に愛されているよと言って、中世に至っては組織、カトリック教会がちゃんといるでしょ、だから大丈夫だよ、みたいな。
守ってくれる。
本当に何て言うのかな、国が安定していく。
その後にそれが当たり前になってくると、今度は組織の腐敗感とともに個人の内面化にいくんです。
個人の中で、どうなんだろう、でも教会って怖いよね、国って怖い、組織って怖いよね、と。
そういう中で、自分はこれでいいのか、組織のルールはどうなんだという時に、個人というものを見つけていく。
ちゃんと自分が信仰すれば、教会が嘘と言っても、僕にちゃんと信じる気持ちがあればそれでいいんだ。
ここの発見なんだよね。
だから個人でいいんだと。
自分がきちんと信じていれば、それは周りの人、周りの教会が嘘だと言っても、それは自分はちゃんと正しく信仰していたら神に捨てられないんだという風に思うと。
ここの個人の時代に入っていくんですけど、それに気付けた時に、生まれてきて良かったんだと思えるんです。
私たちは罪深い人間じゃなかったんだ。
教会に背くということは、私は悪人だったんじゃないかと思ったけど、違ったんだということがわかるし。
そんなに自由でいいの?って言ったときに予定説というのが出てくるんです。
カルヴァン(John Calvin)の予定説というのが出てくるんです。
いやいや、もう僕らは自由だ。
自由に考えてる中に、自由に考えてこうする。
それは時には教会に対してノーを言うことかもしれないこともあるだろう。
こういう自由なものがある。
でもそれさえも神様は予定しているんだよ、だから自由にやりなさい、と言ったんです。
天国に行くのも、地獄に行くのも最初から決まってるんだ、予定が組まれてるんだから、だからこそ我々は自由にやっていいんだという、これは理解しにくいかもしれですけど、最初聞いた時には。
でもよく噛み締めるとわかります。
開き直りということですよね。
開き直ってしまう。
これさえも、この悪意さえも、神がもう予定しているんだということです。
かと言って、最初から毒を毒とわかって毒を食う人はいないという風に親鸞は言いますけど、でもそういう親鸞の悪人正機説ともちょっと似てるんですけど、こういうことがわかると。
個人でやっていくと。
ここがあるかないかではやはり違うなと思います。
僕もよく迷うんですけど、YouTubeをやってたりすると、これでいいのかなとか思うんだけど、最後は教科書を読んだり、論文を読んだり、自分なりに解釈したり、ルターは教科書で学びましたから、テキストで学んだので、聖書時代ですから、自分の中で正しいと思っていればやるべきなんだという風にいつも思いますね、この時のことを考えると。
ヨーロッパというのは、こういう歴史、懺悔の歴史だったり、ルターなど色々な人がいたという、これをみんなが学んでいるから、やはり強いんだろうなといつも思います。
それはよく思います。
日本人だったら、徳川家康、信長、秀吉のことを考えるように、ヨーロッパの人たちは、こういうのを思い出しますから、特にプロテスタントの人はルターのことの大事を考えますので、面白いなと思います。
その後、このルターの時は結局ルネサンスの時代でもあるので、科学を説明できなくなってきていたんですよね、聖書とか教会が。
理性の時代に入っていくんです。
もう一回イチから道徳とは何か、生きるとは何か、ということを神を抜きに考え始めるという理性の時代になっていくんです。
こういうのを啓蒙時代とか言ったりします。啓蒙時代に、色々な哲学や論理学が発展していって、その後にやはり実験って大事だよね、と言って、実証時代というのに入るんです。
実証しよう、証明しよう、再現性を確認しよう、と。
実験の時代になってきて、より現代的になっていくというのがあります。
◾️実存主義
結局そういう中で、もう一回言うと、生まれてきて良かったというのは何かというと、理性のあとを経て、神を信じられなくなっている我々は何を持って生まれてきて良かったと思えるのかということなんです。
これ、思うじゃないですか?
もう考えた人がいるんですよ。
それが実存主義の人たちなんです。
キルケゴール、ニーチェ、サルトル、ハイデガーたちです。
我々の存在とは何か、そしてその存在の価値とは何かということを考えた人たちがいるんですよね、哲学の人たちで。
こういう人たちは何なのか。
ヤスパースもその仲間です。
ヤスパースは元精神科医なんですけど、哲学者になるんですけど。
この実存主義を理解すると、生まれてきて良かったとわかるんです。
実存主義の特徴とは何かと言うと、結論、人間というのは孤独であるということなんです。
どこまで行っても、人間というのは互いに100%、120%理解し合うことはない。
昔のように神様がいるとかではなく、人間同士理解し合うことはないよ。
どこまでいっても孤独なんです。
絶対的な価値はないんだ、無価値なんだ、無意味なんだと。
諸行無常と似てますね。
究極的な価値というものがない、価値は変動する。
究極的な意味というのはない、意味も変動するから。
ということです。
そして理不尽なんです。
運がある、理不尽だ、運命がある、平等ではないんですね。
理不尽。そして、とは言っても人間というのは自由なんだと。
自由に自分の意味を生み出すようなところがある。
自由に何かを考えることができる。
それは当たり前といえば当たり前なのかもしれんけど、神様に決められてるんだというところから、そこから本当に抜け出す感じのこの自由という意味を理解してもらうと面白い。
神によって自分は定められてないということなんです、この自由というのは。
元々は、自分で決めてるようでも結局は神様の掌の上だったんだみたいな感覚なんです。
でもやはりそうじゃないよね、本当にこの無意味さがあるがゆえに、掌じゃないがゆえに自由なんだということに気付くということなんです。
ここが実存主義の特徴だという風に言われています。
だからこそサルトルは社会に参加していく中で自分の価値を作っていきなさいと言ったりもするし、キルケゴール、ハイデッカーも、キルケゴールは自分は死ぬんだということと真剣に向き合うことで、自分の存在を自立させていく、自分とは何かがわかっていく、自己機能が高まってくみたいな言い方をしてましたけどね。
こういう特徴があると言うことです。
ここまでいくと、これが腹の底からわかっていくと、だけども生まれてきて良かったんだな、だから価値があるんだな、存在してるんだなということがわかると、この先に突きつめていくと生まれてきて良かったに至るということなんですけど、難しいね、この実存主義も。
だけどね、皆さんの心に響きませんか、これ。
響くと思うんだよね。
本当に孤独だと。
益田先生が言う通り、家族はわからん。
わかろうと努力してくれているにも関わらず、私のことは全くわからない。
精神医学は難しすぎてわからない。
病気をわかってくれない。
本当に無意味、無価値なんだと。
私は働けないから無価値とかじゃなくて、働いてもなお無価値かもしれないと。
どうして私は病気になったんだと。
理不尽じゃないかと、私だけ。
どうして私だけ障害があるのか、IQの問題があるのか、発達障害の問題があるのか。
益田はギフテッドだと自分のことを言うけど、そんなお前は何なんだ?自慢か?理不尽じゃないか、みたいな。
OEだから何なんだ?
とかあると思いますね。
自由。
何したらいいのかわからない。
そんな私たちが何をしたらいいのか。
あると思いますね。
益田は意地悪なこと言ってと思うかもしれないですけど、でも臨床をしていると、本当によく思います。
これは患者さんの問いは本当に実存と向き合ってるんだなと思うし、僕も研修医の時や医者になりたての時はよくわからなかったですね。
余命何年の人たちがどうして生きてるのか、認知症になった人たちを僕らが徹夜で治療していくのは何なのかというのが本当の意味でわかっていなかったんですね、命の価値が。
でも何となくはわかるんですよ。
何となくそこにある人々の笑顔や思いがわかるから一生懸命やるんですけど、腹落ちしてなかったんですけど、最初の頃は。
でもやっていく中で、本当にこの一個一個に価値があるんだということがだんだんわかります。
孤独ゆえに孤高というか、孤高の美しさみたいなのがあるし、孤独であることは美しくもあるんです、どこか。
気高さもあるし。
無価値や無意味であるからこそ、今感じてる意味があったり、理不尽であるが故にうまくいった時が素晴らしくなったり、自由があるが故に役割をもらったり、不自由を与えられた時にすごく使命感を感じられたり、本当にこういうのがよくわかってくるんですけど。
こういうことなんです。
こういうことを理解していく治療を実存主義的精神療法と言うんですけど、そのまんまじゃないかという感じですけど、実存精神療法、精神病理が流行ってた時期はあったみたいですけどね。
ガミーさんのところで実存主義的精神療法をしてたりしますけど、こういうのあったりします。
と言っても実存主義的精神療法をがっつりやってるとこは少ないですし、僕もエッセンスはちょっと入ってるんだと思いますけど。
そういうことだったりします。生まれてきて良かった、でもここまで考えなくてもそうだなと思う人はいっぱいいると思うので、そうだなと思う人はそのままやってほしいんですけど。
でもこういうことなんだろうなという風に思います。
生まれてきて良かったという言葉はちょっと難しいし、よくわからないと思いますけど、今日聞いた話をまた色々思い浮かべながら、何か考えてください、はい。
ということで、とりあえず生まれてきて良かったについて解説しました。
◾️本日の宿題
本日の宿題は、今日の動画の感想、生まれてきて良かったと思えた瞬間を皆さんに書いてもらうといい学びになるのかなと思います。
▼オンライン自助会/家族会ホームページ
https://peer-support-community.com/
▷ くわしい入会方法はこちら
https://www.notion.so/db1a847cd9da46759f3ee14c00d80995
▷ iPhone(Safari)からのメンバーシップ登録方法https://youtu.be/_49prDk9fQw?si=BMjBO1CyXlhq7BaI
▷ iPhone(Google Chrome)からのメンバーシップ登録方法https://youtu.be/38zE3uwcPgg?si=XE2GJ8hWI-ATjjGe
▼オンライン自助会/家族会の公式LINE登録はこちら
https://lin.ee/XegaAAT
ID:@321iwhpp
