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インゴ・スワン:バイオマインドの活性化に向けて(76)知覚と感受性(11)

知覚の重要性

ほとんどの辞書では「知覚すること」を「感覚印象に反応する、または意識する」と定義している。この定義は、関連する様々な要素を考慮すると、やや限定的なものと言えるだろう。

以下の重要な心霊研究および超心理学の資料には「知覚する」という項目は存在しない。

『オカルトと超心理学百科事典』(1978年)
『超心理学ハンドブック』(ベンジャミン・B・ウォルマン編、1977年)
『超心理学と精神研究百科事典』(バーガー&バーガー社、1991年)

しかしながら、R・J・キャンベル編纂の『精神医学辞典』(1981年)には、「感覚」について「単なる感覚、認識、または認知であり、連想や感情を伴わないもの」という簡潔な定義が見られる。

アメリカ精神医学会編纂・発行の『精神障害の診断・統計マニュアル』にも「感覚」または「知覚」の項目はない。

ポール・エドワーズ編、マクミラン出版(1967年)刊行の包括的な『哲学百科事典』には、知覚(SENTIENCY)に関する記述は一切ない。他の権威ある百科事典のほとんども同様のようだ。

超能力者」は、そう呼ばれる以前には「感受者(Sensitives)」と呼ばれていたが、超能力研究の文献には、知覚そのものへの言及は見当たらない。例外として、体外離脱体験、念力、テレパシーなどと並列して「感受性の外部化」という表現が時折登場する程度だ。

ここで述べておくべきは、知覚や感受性の何らかの形態を基盤として構築されなければ、あるいはそれらの延長線上になければ、いかなる超能力も存在し得ないということである。

したがって、特別な形式の知覚と感受性を「PSI能力」という荷車を引く馬であると考えれば、われわれは馬ではなく荷車を研究してきたということになる。そして、誰も馬の重要性に気づかず、それを研究しようとはしてこなかった。

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