ゲイ読み赤江瀑205 「隠れ川」
◯ 「隠れ川」 《小説新潮》 1992年1月号
本作を以て、赤江と《小説新潮》の関係もお終いとなる。思えば《小説現代》でのデビュー後、ほぼ一年目で作品の依頼があってからの、長い付き合いである。赤江は、本誌と別冊併せて36作をここに寄稿している。
そして、この短編は余程自信作だったのか、単行本に収録される前に、立風書房の三巻選集に収録されている。他の作品は悉く既発単行本からの再録なのに、この「隠れ川」のみ新作として収録されているのだ。しかも、平成になってからの収録作はこれ一作のみ。
やはり、長年のお座敷だった《小説新潮》にも最後はいいものを渡したかったのだろう。《小説現代》本誌の最終作となる「闇の渡り」、《野性時代》の最終作「しびれ姫」、《オール讀物》の最終作「眠る劇場」、いずれも、印象的な作品となっている。
昭和から平成へ元号が改まり、バブルは弾け、世相はがらりと変わった。赤江はそれらの中間小説誌との積年の関係を、自ら終えたと見た方がいいのかもしれない。そして、主戦場を《問題小説》一本に絞ってゆく。
のっけから京言葉同士の応酬である。能子と釵子の二人の対話。元日の昼、姉妹が、今あった電話について喋っている。大原野の微妙という人物、「大原野のご隠居」と呼び習わされている人からの電話だ。ご隠居は暮れに脳卒中で倒れて、釵子が見舞いに行ってきたばかり。
だが、もう退院してきてピンピンして、是非明日にでも会いに来て欲しい、と言ってきたのだ。今日は正月一日である。お屠蘇を含みながら姉妹は話に興ずる。
釵子は、鮮やかなみどり色の糸麩をかけた手鞠麩を眼を細めてつまみあげ、ふうふう吹きながら口へ運んだ。
「能子はん。味噌がちょっと辛おすえ」
「イヤ、そうどすか?」
「けど、この麩はおいしおす。やわらこうて、しこしこして……やっぱりお正月のお汁には、『麩嘉』さんのこの手鞠麩。これがないとあきまへんなあ。赤いの、も一ついれとくれやす」
「へ」
差し出された塗り椀に、可憐な玉がつぎ添えられた。
「まあ綺麗やこと。白いお汁にはんなり沈んだ……この色の映え映えしいこと! 見とおみやすな」
釵子は独り、嘆声をあげた。
ガラス越しの木立ちの庭に明るい陽がさしこんでいた。
「で、どないおしやすのん?」
「へえ?」
「大原野ですがな。もう長いこと会うてへんし、お見舞いにきてもろうて、そのお礼もいいたいし、こっちが出向かなならんとこやけど……外歩きはまだとめられてはるねんて。けど急にお会いしとうなった、いうてはるねんやわ」
さりげない会話。小道具。赤江の世界だと感じ入る。
京にはほんの由縁がある程度の私でも、正月には白味噌西京味噌の雑煮を作る。同居している弟は昔から甘い味噌が嫌いで、都ふうの雑煮もいやがるが、お構いなし。だって食べたいじゃん。ねっとり濃厚な白味噌仕立てに、生麩か煮た丸餅よ。最高。
ところで、微妙という人については、最初は謎である。その名からすると、これは雅号か法名か。「ご隠居」言われてるくらいなので年寄りだろうが、さて。
そんな釵子も実は高名な日本画家である。鶯の初音を聞いて、妹の能子が、「(そろそろ来るかしら)芸術院会員」と言うくらいの。一方、能子は「飯炊き婆」らしい。なんとなく「舞え舞え断崖」の芸術家の老姉妹を思い出させる。
翌日、大原野のご隠居のお招きに預かり、釵子は大原野の高住家を訪問する。そこは、京都でも指折りの料亭『千川』の本宅で、「ご隠居」の微妙は、先年引退した大女将だった。
30年ぶりに本宅にお越し戴いて、その節はこの家の襖絵を描いてもらって、と微妙は、感謝を述べる。
30年前に千川の本宅を新築した折、微妙が無理を承知で釵子に襖絵を願い出たところ、釵子が二つ返事で引き受けたのだ。
その襖絵というのが…
二人の女の視線は、眼の前の襖の上へ注がれていた。
上質の鳥の子紙の襖には、畳に近い下縁のあたりにそって、幅二、三十センチばかりの薄墨色の帯が、ただ一本、横に長く襖をよぎって描かれている。あとは白紙である。
その隣の襖も、そうだ。鳥の子紙はほとんど空白のままで残っていて、ただ一すじ、幅広の墨色の帯が、どの襖も横切っている。
一枚一枚、眼を移して行くと、墨の帯は次第に下縁を離れ、襖の中ほどあたりをよぎり、その墨幅もやや太みを増したり、細まったりして続いている。
つまり、釵子たちのいる部屋の十二枚の襖は、一本の薄い墨色の帯が、どの襖にも描かれていて、その帯でぐるりをとり巻かれている風にも見える。
襖はこの部屋ばかりでなく、次の部屋も、その隣も、そのまた隣もという具合に、一枚一枚開けて行くと、屋敷中のどの襖にも、墨色の帯が一本走り、その墨色も微妙に濃淡調子を変え、帯の姿も形を変え、とにきは下り、ときには上り、長押近くでとぎれたり、なかにな空白の白襖があるかと思えば、一刷毛はいたように、あるかなきかの墨影を縁の端にほんのわずかとどめていたりする襖もあった。
しかし、それらのどの襖を、どんなに丹念に眼を凝らして眺めても、その薄墨の帯が、なにかの形あるものを描いているとは思えなかった。
不思議な墨絵の襖だった。
微妙はその絵の判じ物を、「川」の流れと見ている。様々な形や濃さに千変万化する様は、店の屋号の『千川』に相応しいものだと。
隠された雄渾な川が、この高住邸の部屋という部屋を経巡っているのだと。
釵子は、これはおうちに差し上げた絵ですから、おうちが住んで使ってくれればいいんです、と恬淡とした様子。
微妙は座敷で出すような料理を振る舞い、釵子をもてなす。
思えば、幼い頃からの顔馴染みであるこの二人は長い仲だった。
そして、微妙が釵子をどうしてもと招いたのも、虫の知らせだったのだろう。
よく食べよく喋り、「センセ」「センセ」と釵子を持ち上げて賑やかにしていた大女将が、突然、箸を落として倒れ込んだ。先の病が再発したのだ。
そして、釵子は微妙を膝に抱きながら、人を呼ぼうとするが、声が出なかった。出なくなったのだ。その代わりに、この家の襖絵の本当の見立てを語り始めた。
──微妙はん。ようお聞きやす。わかるわな。聞こえてはるか。あの襖の墨の帯は、川なんかやあらへんねん。あれは、蛇。蛇なのえ。道成寺の蛇どすがな。
言うまいと思っても、その言葉が洩れて出てきた。
女を捨てた男を追って、どこまでも追いかけて、大水が出て渡れぬ大河を、その執心一念が毒蛇となって泳ぎ越し、道成寺の釣り鐘の中へ逃げこみ隠れた男を、鐘ごと蛇体を巻きつけて、復讐の焔は火となって、男を焼き殺したという〈清姫〉の話は、道成寺説話となって、『今昔物語』や、能や、歌舞伎でも有名である。
説話はどれも、男を殺した清姫の執心は晴れることなく、毒蛇となって、法力にも屈服させられず、大河の水へ逃げのびて、生きつづけていると語っている。
釵子が襖絵の画材にしたのは、この一ぴきの蛇体であった。
口にするつもりはなかった。微妙の夫、高住明友は、もうとっくに死んでいたから。
けれども、釵子の口からは、言葉があふれて出てくるのだった。
──微妙はん。聞こえてるか。聞いとくなはったか。おうち。微妙はん。微妙はん……。
と。
遥か昔の秘めた諍いの影が、襖絵の大蛇となって顕現した。いや、恋の勝者は何も知らなかったのだろうか。身を引いた者だけが、その恨みの色を知っていたのか。
蛇とも川ともつかぬ、ひとすじの流れが、女たちを取り囲み見守っているのだった。
平成四年の《小説新潮》の新年号に相応しい、目出度く無いが目出度い佳作だ。最後まで大女将の呼び名の「微妙」の謎は残されてしまうが、それはもう読者のご自由に、ということか。私が読み落としただけかもしれないが、在家の尼にでもなっている、と考えるのが妥当だろう。
『夢跡』 1992.11. 立風書房
『霧ホテル』 1997.8. 講談社
『赤江瀑傑作選』 2006.12. 学研M文庫
『魔軍跳梁 赤江瀑アラベスク2』 2021.4. 創元推理文庫
