夜の藁仕事、昔の灯はどうしてた?
2024年11月23日(日)に行われた日本民家園夜間公開にて、藁細工の実演ボランティア(?)で参加させていただいた。
場所は江向家の土間。今は民家園にもライトが導入されていて、夜でもかろうじて作業ができた。民家園のスタッフさんが「暗くないですか?」と聞いて下さったところから、「夜間の藁仕事、昔の灯はどうしてたんだろう?」という話に。
「月明かり」という話や、「蝋燭が高級品だったから 菜種油か魚油を入れた灯明皿だろう」という話が出た。
そこでハタと気づく、”昔”の”藁仕事”という定義の曖昧さ。
その日の夜に我々が行なっていたのは
・注連飾り作り
・足半作り
・ミゴ抜き・・・など。

そしてこちら↑は栃木県塩屋郡の渡辺清氏が明治40年(1907年)に綴った絵日記の中から藁仕事を抜き出して一覧にしたもの。
明治時代の栃木県で夜間に行われていた作業は
P:莚ぶち
B:縄綯い
F:俵編み
がほとんどだ。草履作りなどは、昼にやっている!
俵編みや莚ぶちの作業の複雑さは不明だが、縄綯いであれば確かに多少暗くてもできそうではある。
私は農家さんから「昼は農作業があるから、藁仕事は夜が多い」と聞いたことがあったが、昭和の農家さんであるのでもう電気が通っていた可能性も高い。
そして江戸時代中期までは油も高級品であったそうだから、藁仕事も明るいうちにやるか月明かりを頼るかしかない時代が長かったのだろうな…と思いを馳せた。
